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大学礼拝「趣味と向き合う」2021/10/21

カテゴリー:大学礼拝

【テサロニケの信徒への手紙1 5:18】
どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。

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こんにちは、菊地篤子と申します。本日のお話の担当をさせていただきます。と申しましても、実際何を話せばよいかわからず、下原先生にお尋ねしたら「なんでもよいですよ。趣味のこととか」とおっしゃいました。そこで思ったのは、趣味について人に尋ねられたのは何年ぶりだろうかということです。しばらくの間、人に趣味を聞かれるような生活をしてこなかったことに気づきました。仕事や家事・子育ての中で、「だれがどんな趣味を持っているか」あまり必要のない情報なのではないでしょうか。つまり「趣味」について人に話す機会自体が久しぶりになります。
ところで、自分の趣味を人に語るというのは、部屋の中を覗かれるような気恥ずかしさを覚えるものです。なぜでしょう。おそらく「自分の内面の一部を外に出す作業だから」なのではないでしょうか。言い方を変えると「自分が何者か」、つまり自己(アイデンティティー)の表出だから気恥ずかしく感じるのかな、と思いつつ、今回はこれを少しお出ししようと思います。

「趣味」とは、辞書には「職業としてではなく、個人が楽しみとしている事柄」と書かれています。英語では「hobby」や「interest」があげられますが、本日ご紹介する私の趣味は「interest(興味を持って行う趣味)」に当てはまると思います。自分のライフステージとともに付き合い方が変化してきた「観劇」中でも「ミュージカル観賞」を紹介致します。

出会いは小学生のころで、おそらく最初は「ウエストサイドストーリー」だったと思います。バレエを習っていたことから舞台への馴染みがあり、とても楽しい観劇体験でしたが、地方在住ということもあり当時はなかなか機会を得られませんでした。本格的に楽しむようになったのは、大学時代です。「宝塚ファン」「劇団四季ファン」の友人の影響で数回一緒に出掛けました。中でも大学の卒業旅行の際、ロンドンで「オペラ座の怪人」を観たことは得難い体験で、他にももっと観たいと思うようになりました。それがきっかけで大学院生になるとすぐに一人観劇をするようになりました。特に劇団四季の舞台は頻繁に通いました。いくつかご紹介します。

一つ目は「クレイジー フォー ユー」です。ガーシュウィンの楽曲で、Boy Meeets Garlの軽快なストーリです。タップダンスが多く、リズミカルで元気で明るい演目で、若い頃は最もよく観に行きました。二つ目は「オペラ座の怪人」です。アンドリュー・ロイド・ウェーバーの楽曲で、ストーリーは暗いのですが、曲や歌が好きでした。三つ目は、同じくアンドリュー・ロイド・ウェーバー楽曲の「CATS」です。おそらく一番回数を重ねて観ている演目です。当初、あまりにメジャー過ぎて興味を持つことができずにいたのですが、叔母の「猫の世界に人間社会の縮図が見える」という言葉に誘われ観たのち、何度も通うようになりました。「CATS」は時代によって少しセリフが変わったり、演出も徐々に変化します。ロンドンのオリジナルの舞台と同じだったり、日本独自の曲・ダンス・演出になっていたり、公演地域で舞台背景が変わったりするなど、時代、場所などで異なった楽しみ方ができます。

他の演目を含め、国内だけでなく海外でも、旅についでに観に行きましたが、そこで感じたことは「海外ではチケットがすぐ手に入り、身近な文化である」ことでした。日本は、半年後のチケットの予約はよくあることですし、人気のものはなかなか手に入らず、関係のある会員登録が必要なことも多いのが実情です。

さて、こののち妊娠出産を境に、しばらく「冬眠期」に入ります。時間的にも経済的にも、やはり無理でした。それでも子どもが小学生の頃までは「ライオンキング」や「裸の王様」など子どもにもわかりやすそうな演目を選んで出かけていました。しかし、中学生になると部活などが多忙でそれもなくなりました。家族で観劇をすると1回数万円かかり、かつ、地方在住なので一日がかりになってしまいます。こうなると趣味はもはや一大イベントと化し、当然継続性はありませんでした。だからといって家族を放って一人で出かけようとも思わなかったので、子どもたちの受験がすべて終わるまでのおおむね約10年は「冬眠」状態でした。

子育てがある程度ひと段落したのが一昨年で、そのころ高校時代の友人が誘ってくれたことをきっかけに少しずつ「リハビリ」のような感覚で観劇を始めました。驚いたことは、チケットの取り方が10年で激変し、スマホで、ネットで取るようになっていたことです。また、大好きだった役者さんが演出・振り付け担当になっていたことにも時の流れを感じました。この年数回の観劇が叶いましたが、やはり地方住民にとっては大変な労力を伴いました。それでも「これからもっと遠征して楽しもう」と思っていたところ、コロナ禍に突入しました。

コロナ禍の観劇の中心は「オンライン観劇」です。この1年半で数作品見る機会がありました。オンライン観劇のメリットは、何といってもチケットは売り切れが無く、そして安価です。移動時間もないので時短観劇が可能です。また多くの場合一定期間の繰り返し視聴が可能で、気に入った場面を何度でも楽しむことができます。一方、デメリットは臨場感が激減することです。ただ「観た」だけ、ともいえるかもしれません。実感したことは、オンライン観劇は「本物の舞台への興味を保つための“つなぎ”」なのではないか、ということです。実際「生の舞台を観に行きたい!」という欲求はむしろ強くなり、集客制限がある中での観劇を実際に数回体験しました。そこには独自の臨場感がありました。観客は普段より大きめの身振りで拍手をしたり手を振って声以外の手段で感動を伝えたりしていましたし、演者の方々もこの時間を一緒に盛り上げよう、という気概が伝わるようなパフォーマンスだったりするなど、演者と観客の一体感のようなものを味わうことができました。

さらに、今年度から名古屋に拠点を置くことになり、いよいよ地方住民からの脱出です。名古屋には素晴らしい劇場がいくつもあるので、実際にはまだ行くことは叶っていないのですが、劇場が身近にあるだけで嬉しく感じています。今後に期待したいです。

今回これまでの自分の観劇を振り返って思ったことは、趣味を楽しむには「余裕」が必要だということです。時間や経済面もそうですが、もっとも大きいのは「精神的な余裕」だということです。話す内容を整理しながら「現在、私は精神的な余裕を持てているらしい」と自覚することができました。これは自分の趣味から全く遠ざかっていた時代があったからこそ感じることで、現在、様々なめぐりあわせでこの状況にいることに、ありがたみを実感しています。

さらに、現在になって趣味が拡大しつつあります。今どきの言葉でいう「推し活」の体験です。あるお気に入りの俳優兼演出家さんの活動を、様々な情報網を駆使して追うことを自宅にいながら楽しんでいます。「舞台を観に行く」以外にも観劇の楽しみ方があることを知り、一層趣味に深みが増しました。

今回、自分の観劇の変遷を振り返りまとめるのは楽しい作業でしたし、これを「楽しい」と思えてよかったと思います。おそらく少し前だったら、行けない・我慢・諦め等というマイナスワードが紐づいていたに違いありませんし、そもそも趣味の話をしようとすら思わなかったでしょう。とても前向きな気持ちをいただいた時間となりましたことに感謝申し上げたいと思います。

以上、個人的かつ稚拙な話題にお付き合いいただき、ありがとうございました。
(名古屋柳城女子大学 准教授 菊地篤子)

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