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2000年前のイエスの時代、今とは比べものにならない生活水準の中にあっても貧富の差は歴然とありました。人類の営みの中で、その差が出ること自体は仕方がないにしても、富む側の者が威張り散らすような状況をイエスは決して良しとはされず、まさに「強きをくじき弱きを助ける」姿勢を彼は徹底的に実践されたのです。このイエスの姿は現代においても十分に光り輝くものです。

イエスの言動を通して人生を振り返るチャンスが柳城には与えられています。人間関係や雑多な情報から一時フリーになって静かに自分と向き合うことで、私たちは今後も良い方向に進めるのではないでしょうか。

「今をどう生きるか?」

礼拝、お待ちしています(^o^)/

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●テーマ:「今をどう生きるか?」
●説教:大西チャプレン
●聖書箇所:ルカによる福音書 16:19-31
◆金持ちとラザロ
16:19 「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。
16:20 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、
16:21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。
16:22 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。
16:23 そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。
16:24 そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』
16:25 しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。
16:26 そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』
16:27 金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。
16:28 わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』
16:29 しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』
16:30 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』
16:31 アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

●日時:9月26日(水) 14:50~全学年、教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:チャペル
礼拝後15:30頃から聖書を学ぶ時間を設けていますので、興味がある方はご参加下さい。

●次回以降の予定
10/3(水)合同礼拝(チャペル)14:50~15:30頃 説教:大西チャプレン
10月誕生日の祈りを行います。
礼直後にチャペルで腹話術の実演があります。同窓生のご紹介で実現しました。是非、ご参加下さい!
10/10(水)合同礼拝(チャペル)14:50~16:10頃 奨励:AHIアジア保健研修所
礼拝の中でAHI研修生の方のお話が伺えます。フィリピンの地域活動の現状をこの機会に是非! テーマは「行動における信仰(Faith in Action) ~フィリピンの子供たち、台風被災地の今」です。

タレントという言葉を聞くとわたしたちはすぐ有名な俳優や歌手、今売れている芸人、テレビのタレントなどを思い起こします。タレントはもともとギリシャ語のタラント(タラントン)が語源で、重さを表す単位でしたが、イエスさまの時代には貨幣の単位として使われるようになりました。今読んでいただいたタラントンのたとえも貨幣の単位として使われています。今日ではタレントを才能、能力の意味で使い、特別に才能ある俳優、歌手、芸人などをタレントと呼んでいます。

このたとえ話では、主人が長い旅に出る時、自分の財産を僕たちの才能、能力に応じてひとりには5タラントン、もう一人には2タラントン、3人目の僕には1タラントンを預けました。5タラントン預かった僕はその5タラントンで商売をし、2倍の10タラントンにしました。2タラントン預かった僕はその2タラントンで商売をし、2倍の4タラントンにしました。1タラントン預かった僕はその1タラントンを穴を掘って隠しておきました。

長い年月が経って、主人が返って来て、僕たちと預けたタラントンの清算を始めました。5タラントンを預かった僕は10タラントンを差し出しました。それに対して主人は「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。」と言いました。 2タラントンを預かった僕は4タラントンを差し出しました。それに対して主人は「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。」と5タラントンを預けた僕に言った同じ言葉で彼を誉めました。

1タラントンを預かった僕はその1タラントンを穴から掘り出し、主人に「あなたは蒔かないところから刈り取り、散らさないところからかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、土の中に埋めておきました。これがあなたのお金です。」と言って1タラントンを差し出しました。これに対して主人は「怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かないところから刈り取り、散らさないところからかき集めることを知っていたのか。それなら銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、10タラントン持っている者に与えよ。」と言ったというたとえです。

さてこのたとえ話はわたしたちに何を語りかけているのでしょうか。

まず、タラントンですが、1タラントンは6,000デナリオン。1デナリオンは1日分の労働賃金に当たりますから、現在の貨幣価値でおよそ1万円に相当します。ですから1タラントンは およそ6,000万円、6,000日分(16年分)の賃金です。2タラントンは1億2,000万円、5タラントンは3億円に相当します。主人が僕に預けたタラントンとは、神から与えられ、預かっているわたしたちの才能、能力のことです。人それぞれにふさわしい才能や能力が与えられ、それをわたしたちは預かっているのです。1タラントンは大金です。5タラントンは驚くなかれ、何と3億円です。こんな大金を僕に預ける主人がこの世にいるでしょうか。預かった僕はどう思ったのでしょうか。主人は言います。「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。」と。「少しのものに忠実であった」と主人は言います。3億円を少しのものと言い、1億2,000万円も少しのものと言う主人とは、一体どんな方なのでしょうか。わたしたちの考える価値観では測れない、驚くべき主人の懐の深さと寛大さを知らされます。

わたしたちの持っているタラントンは神の目から見れば、ほんとに小さいもの、僅かなものなのですが、わたしたちの目には、とても大きなものです。それを最大限に生かす時、自分では想像もできないような素晴らしい結果が生まれることが約束されています。

「あなたもタレントさんですよ」と皆さんは声をかけられています。保育者の卵としてのタレントを持っています。教育実習、保育実習へ行って、自分のタレントに気づかされましたか、目覚めさせられましたか。1タラントンという神さまから預かったとても大きな才能、能力を土に埋めて眠らせてしまった僕は、「怠け者の悪い僕だ。」と主人からお叱りを受けました。皆さんはどうですか。大切なタラントを怠けて埋めたままにしていませんか。人はそれぞれ違ったタレントを神さまから預かっています。あなたとわたしを比べる必要はありません。わたしはわたしにふさわしい才能、能力を生かして用いることがいちばん大切なことです。自分にはそんなタレントはないと決めてかかっているようなところがないでしょうか。わたしたち一人一人に与えられているタレントは想像できないほど、大きなものです。その大きなものに気づき、それを大切に生かして用いていくとき、皆さんは間違いなく保育のタレントさんへと成長していきます。

聖書の人間観は、人間の目で判断した能力の有る無しで、人間の優劣を決めません。自分に与えられている能力、才能をどれだけ真剣に誠実に用いたかが問われているのです。

このたとえ話をそのような視点からもう一度読んでみてほしいと思います。  (チャプレン 大西 修)


アゲハチョウ

【マタイによる福音書 25:14-30】
◆「タラントン」のたとえ
25:14 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
25:15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、
25:16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
25:17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
25:18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
25:19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
25:20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
25:21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』
25:23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
25:25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』
25:26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
25:28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
25:29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

キリスト教では、「才能や能力は神から与えられる(ダニエル書1:17  この四人の少年は、知識と才能を神から恵まれ)ので、成功した場合は、あなた自身ではなく、全て神のおかげだと思いなさい(詩篇29:1 栄光と力を主に帰せよ)」と考えます。

といっても、クリスチャンの全部がいつもそう考えるというわけではないです。(*_*; 感情が先に立ってしまい、神への賛美を忘れ、ついつい、自分の能力に酔いしれるのです。

イエス・キリストはそこを決して見逃さずに「自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。(ルカ17:10)」と私たちを戒めてくださいます。感謝ですね。

さて、今回の聖書個所から生まれた「タレント(talent 才能、能力)」という言葉。その経緯を説教を通して理解しながら、自分に与えられた才能や能力について静かに振り返ってみたいものです。

ご参加、お待ちしています(^o^)/

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●テーマ:「あなたもタレントさんですよ!」
●説教:大西チャプレン
●聖書箇所:マタイによる福音書 25:14-30
◆「タラントン」のたとえ
25:14 「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
25:15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、
25:16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
25:17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
25:18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
25:19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
25:20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
25:21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』
25:23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
25:25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』
25:26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
25:27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
25:28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
25:29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

●日時:9月19日(水) 14:50~全学年、教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:チャペル
専攻科説明会へ出席した学生さん向けに、小さな礼拝を実施します。
礼拝後15:30頃から聖書を学ぶ時間を設けていますので、興味がある方はご参加下さい。

次回以降の予定
・9/26(水)合同礼拝(チャペル)14:50~ 説教:大西チャプレン

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載します。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

1:求める私たち (マタイ7:7) 

主よ、
今日もここに集まることができたこと、
私たちは感謝します。
イエス・キリストが大切にされた、
子どもたちのために、
私たちは今日も、
しっかり学びます。
しっかり働きます。
人を教える前に、
自分自身を高めます。

どうか私たちに、
力と勇気を与えて下さい。
私たちを怠け者にしないで下さい。
私たちは人の役に立ちます。
人を愛せる心を与えて下さい。

主よ どうかお願いします。
イエス・キリストの愛と勇気を、
私たちにも与えて下さい。

イエス・キリストは言われます。
「求めなさい。
そうすれば、与えられる。
探しなさい。
そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。
そうすれば、開かれる。」

私たちは求め続けます。
主よ どうか今日も一日、
少しでも向上できるよう
私たちを導いて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

【マルコによる福音書13:32-37】
◆目を覚ましていなさい
13:32 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。
13:33 気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。
13:34 それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。
13:35 だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。
13:36 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。
13:37 あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」

✝ ✝ ✝

9月に入り、後期が始まったとたん、 台風21 号のため昨日は臨時休校になりました。

各地に台風による被害がありましたが、被災地の皆さんが、大変な状況の中で復興に向かって歩みだしていく力が与えられることを願い、心から声援を送りたいと思います。

9月は台風をはじめとする災害の多い月です。

今から95年前の1923(大正12)年9月1日には関東大震災があり、10万5千人を超える死者、行方不明者を出しました。

台風を挙げてみると1934(昭和9 )年9月21日の室戸台風(死者約3千人)、1945(昭和20 )年9月17日の枕崎台風(死者約3,700人)、今から59年前の1959(昭和34 )年9月26日に5,000人を超える死者、行方不明者を出した伊勢湾台風(台風15号)が大きな台風であり3大台風と呼ばれています。そして今回の台風と同じコースを通った1961(昭和36 )年9月16日の第2室戸台風(死者192人)などがあります。

また2001(平成13)年9月11日には、アルカイダによるハイジャック、自爆テロであるアメリカ同時多発テロ事件が起こりました。(死者約3,000人、負傷者約6,300人)

わたしたちを襲う災害には天災とされる、いわば不可抗力なものと人災とされる避けることのできるものとがあります。アメリカ同時多発テロ事件などはまさに人災です。

台風、地震、津波などの自然災害などは、科学の進歩した現代、以前に比べればはるかにそれを予知し、それに備えるための対策をすることができるようになりました。

とはいえ、人間は自然界を完全にコントロールすることはできません。なぜなら、人間はこの世に存在させられている者、生かされている者、聖書の言葉で言えば、神によって創造された者、創られた者であり、この世を創造した者、創った者ではないからです。

「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。」

「備えよ、常に!」はボーイスカウトの標語です。何が起こっても慌てふためくことがないように常に備えをし、準備しておくことが大切ですという標語です。

わたしたちは災害のために、どれだけ備えをし、準備しているでしょうか。間違いなくやってくることがわかっている目の前の災害に対して、わたしたちは驚くほど鈍感です。後になって、あの時やっておけばよかったと後悔することが多いのです。

わたしたちの人生においても同じ事が言えるのではないでしょうか。わたしたちは必ず、人生の最後に死を迎えます。その死を迎えるための備えをどれだけしているでしょうか。いつ死んでもいい、そんな準備ができていれば素晴らしいと思いませんか。今はまだ死ねない、死にたくないと思っていても、今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれないのです。

伊勢湾台風という一つの災害にしっかり向き合った時、そこから新しい生き方が生まれてきたのです。その具体的な例として名古屋キリスト教社会館の誕生に見ることができます。

名古屋キリスト教社会館は伊勢湾台風を契機に生まれ、今年で59周年を迎えます。被災した人々の悲しみや苦しみを忘れず、人々に生きる希望を与えるための働きとして、地域になくてはならない施設として、神様の力に支えられて、人々の苦しみ、悲しみに寄り添いながら、今日まで続けられています。被災者の救援活動のため、名古屋のキリスト教各派が集まり、名古屋YMCAを拠点に始められた救援活動が、全国各地からのボランティアによって続けられ、大人たちが復興作業に集中できるように、子どもたちを預かる託児所の働きが始められ、それを母体に社会館の設立へと進んでいきました。今日では社会福祉法人として保育園、障がい者の通所施設、お年寄りのデイサービスその他の働きに200人以上の職員が関わっています。

「目を覚ましていなさい」との呼びかけに答えることは、目の前にある現実、一つの「災害」としっかり向き合うことではないでしょうか。 (チャプレン大西 修)


台風21号の暴風によってめくり返ったペチュニア

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