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カテゴリー:朝の祈り の記事一覧

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載しています。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

6:自由になる私たち(ヨハネ8:32)

主よ、
すばらしい朝を
いつもありがとうございます。
私たちは学びを求めて
あなたがたてた柳城に集まりました。
学ぶ自由
表現する自由
主張する自由
将来を語る自由
未来を切り開く自由
主よ、小さいことでよいのです。
私たちに本当の自由を
好きなことに集中できる自由を下さい。
その自由を使って、
私たちはもっと成長します。
人のために役立ちます。
子どもたちを慈しみます。

イエス・キリストは言われます。
「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」

主よ、あなたに従うことによって
私たちは愛と真理を知り、
罪から解放され、
矛盾から、
不平等から、
束縛から自由になります。
私たちがその自由を手にできるよう、
主よ、どうか導いて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載しています。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

5:イエス・キリストを知る私たち(ヨハネ15:5)

主よ、
今日も、この小さな集まりを
イエス・キリストの言葉を
ありがとうございます。
イエス・キリストは私たちの光です。
愛です。
あこがれです。
希望です。
いやしです。
ちからです。
ゆるしです。
イエス・キリストを通して、
私たちに神を、
道を、
真理を、
命を教えてください。

イエス・キリストは言われます。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。」

私たちをイエス・キリストの枝にして下さい。
イエス・キリストにつながることで、
子どもをいつくしみ、
私たちが分け隔てなく、
交われますように。
傲慢を、
軽蔑を、
偏見を取り去って、
私たちにまことの平等を与えてください。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載しています。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

4:人を愛する私たち(マタイ22:39)

主よ、おいで下さい。
今日も一日、
私たちの先頭に立って、
私たちを導いて下さい。
1人でも多くの仲間を、
そして子どもたちを、
愛せる心を与えて下さい。
愛せるチャンスを与えて下さい。
愛せる勇気を与えて下さい。
自分の喜びよりも、
他の人の喜びに、
自分の悲しみよりも、
他の人の悲しみに、
自分の怒りよりも、
他の人の怒りに、
関心が持てるような愛を与えて下さい。

イエス・キリストは言われます。
「隣人を自分のように愛しなさい。」

この言葉を柳城に響かせて下さい。
私たちの心を
いつも高ぶらせて下さい。
前向きにさせて下さい。
主よ、どうか私たちが
イエス・キリストの愛に近づけるように。
イエス・キリストの愛が理解できるように。
イエス・キリストの愛で満たされるように。
私たちを導いて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

長年、たいへんお世話になった本学の卒業生の方に、昨年の「黙想と祈りの集い」などをメールでお知らせしたところ、次のようなお返事を頂きました。

「私の学生の時代は、毎朝、マタイ教会礼拝堂の右側の小さな部屋で、ほとんど相澤先生と二人だけのお祈りでした。自分の汚さが嫌になり、良い人間になりたくて、初めて神さまを知り、祈った若い日々を思い出します。」

スマホやPCの虜(とりこ)になって、自分自身をじっくりと見つめる時間が少なくなりつつある時代です。それら通信機器に仮に答えを求めても、雑多な個人的情報ばかりが返ってきて、結局それらに振り回されて、ますます自分自身を見失ってしまうだけでなく、何となくお利口になった気分になって謙遜さをも失う…。

大先輩のお返事は短いですが、その中に満ち満ちている誠実さとか謙虚さを決して忘れないためにも、朝の祈りを継続できるよう主に向かって尊いお導きに期待したいです。(加藤)

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載します。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

3:癒される私たち(マタイ5:4)

主よ、
今朝も共に集い
それぞれの務めが果たせること、
感謝します。
うまく出来ずに、
悩むこともあります。
自信を失うこともあります。
他人に迷惑もかけています。
自分が悲しくなります。
そんな時にでも、
愛に満ちた主よ、
あなたは微笑んで下さいます。

イエス・キリストは言われます。
「悲しむ人々は、幸いである、
その人たちは慰められる。」

主よ、どうか私たちを、
癒して下さい。
立ち直らせて下さい。
あなたと一緒なら、
いつでもやり直せます。
また一から始められます。
決してあきらめません。
やるだけやってみます。
柳城のために、
愛する子どもたちのために。
自己満足に終わらないよう、
主よ、今日も一日、
見守っていて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載します。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

2:赦される私たち(マタイ9:13)

主よ、
今朝も柳城に集う
この私たちの真ん中においで下さい。
今日は救いの日です。
私たちは、あなたによって、
愛され、
赦され、
励まされ、
救われます。
だから私たちは
希望をもって、
人々のために、
子どもたちのために、
与えられた務めを果たそうと思います。

イエス・キリストは言われます。

「わたしが来たのは、
正しい人を招くためではなく、
罪人を招くためである。」

私たちは、過ちの多い、
不完全な人間ですが、
あなたの慰めによって、
今日も前に進むことができます。
主よ、感謝します。
賛美します。
主よ、今日も、
初めから終わりまで、
私たちと共にいて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

「朝の祈り」の際に、皆で一緒に唱えている祈りを掲載します。

この祈りはチャプレンの監修のもと、試行的に作られたものです。
「柳城短大の公式の祈り」などという仰々しいものではありません。
その時々の心の状態に応じて、祈りつつ修正を重ねていくつもりです。

1:求める私たち (マタイ7:7) 

主よ、
今日もここに集まることができたこと、
私たちは感謝します。
イエス・キリストが大切にされた、
子どもたちのために、
私たちは今日も、
しっかり学びます。
しっかり働きます。
人を教える前に、
自分自身を高めます。

どうか私たちに、
力と勇気を与えて下さい。
私たちを怠け者にしないで下さい。
私たちは人の役に立ちます。
人を愛せる心を与えて下さい。

主よ どうかお願いします。
イエス・キリストの愛と勇気を、
私たちにも与えて下さい。

イエス・キリストは言われます。
「求めなさい。
そうすれば、与えられる。
探しなさい。
そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。
そうすれば、開かれる。」

私たちは求め続けます。
主よ どうか今日も一日、
少しでも向上できるよう
私たちを導いて下さい。

この祈り、
イエス・キリストによってお願いします。
アーメン

今日は七夕ですが、日本列島各地は梅雨末期の記録的大雨に見舞われています。災害にあわれた方々も多いようです。神のご加護を切にお祈りします。

さて、柳城の朝の祈りが復活して、今日で2年目に入りました。毎回、ノートに参加者名を記録して来ましたが、こうして日々積み重ねることができた成果は、すべて神からのお恵み。神に栄光です(^o^)/

2018年度からは新築の学生食堂に場所を移して実施しています。朝のやわらかい光と時折吹き込む爽やかな風を感じながら、清らかな時間が与えられています。登校する学生さんは、大きなガラスの窓越しに祈りの様子を見ていることでしょう。まさに、福音書に出てくる偽善者の祈りのように?(笑)

「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。(マタイ6:5)」

朝の祈りは、他人の目に自身をアピールするものではなく、柳城のあるべき日常の風景の一つにしたいのです。それは、深い信仰を持つ先人らによって築かれてきた柳城の証。人間の意識とは無関係の、ただ、そこに「ある」もの。

人間の思いわずらいをはるかに超えて、神への全き信頼の祈りはこれからも続けられることでしょう(^^♪ (加藤)

今の時期、保育科1年生が2週間の実習に入り、他の学生さんは授業がありません。

ということで、柳城短大はひっそりとしています。

そんな中でも、朝の祈りは毎日続けられています。

参加者は多い時でも5人程度ですが、満ち足りた10分間が私たちの魂を毎朝目覚めさせてくれています。

マザー・テレサは語っています。
「すべては祈りから始まります。祈ることを愛しましょう。日中、しばしば祈る必要を感じ、祈るため労を惜しまないようにしましょう。」

今朝も、毎日参加してくれている学生さんが「学校に来ない学生の皆さんがつながっていますように」と祈っていました。

名古屋柳城短期大学が祈りによって益々元気になっていくことを願ってやみません。(加藤)

それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、
彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」【ルカ19:45-46】

by:a4gpa

柳城の朝はお祈りでスタート!
この10分があなたをもっとイキイキさせるかも。
学生さん、教職員の皆さんのご参加、お待ちしています(加藤)

【お祈り集はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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