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カテゴリー:活動記録 の記事一覧

長年、たいへんお世話になった本学の卒業生の方に、昨年の「黙想と祈りの集い」などをメールでお知らせしたところ、次のようなお返事を頂きました。

「私の学生の時代は、毎朝、マタイ教会礼拝堂の右側の小さな部屋で、ほとんど相澤先生と二人だけのお祈りでした。自分の汚さが嫌になり、良い人間になりたくて、初めて神さまを知り、祈った若い日々を思い出します。」

スマホやPCの虜(とりこ)になって、自分自身をじっくりと見つめる時間が少なくなりつつある時代です。それら通信機器に仮に答えを求めても、雑多な個人的情報ばかりが返ってきて、結局それらに振り回されて、ますます自分自身を見失ってしまうだけでなく、何となくお利口になった気分になって謙遜さをも失う…。

大先輩のお返事は短いですが、その中に満ち満ちている誠実さとか謙虚さを決して忘れないためにも、朝の祈りを継続できるよう主に向かって尊いお導きに期待したいです。(加藤)

今日は七夕ですが、日本列島各地は梅雨末期の記録的大雨に見舞われています。災害にあわれた方々も多いようです。神のご加護を切にお祈りします。

さて、柳城の朝の祈りが復活して、今日で2年目に入りました。毎回、ノートに参加者名を記録して来ましたが、こうして日々積み重ねることができた成果は、すべて神からのお恵み。神に栄光です(^o^)/

2018年度からは新築の学生食堂に場所を移して実施しています。朝のやわらかい光と時折吹き込む爽やかな風を感じながら、清らかな時間が与えられています。登校する学生さんは、大きなガラスの窓越しに祈りの様子を見ていることでしょう。まさに、福音書に出てくる偽善者の祈りのように?(笑)

「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。(マタイ6:5)」

朝の祈りは、他人の目に自身をアピールするものではなく、柳城のあるべき日常の風景の一つにしたいのです。それは、深い信仰を持つ先人らによって築かれてきた柳城の証。人間の意識とは無関係の、ただ、そこに「ある」もの。

人間の思いわずらいをはるかに超えて、神への全き信頼の祈りはこれからも続けられることでしょう(^^♪ (加藤)

今の時期、保育科1年生が2週間の実習に入り、他の学生さんは授業がありません。

ということで、柳城短大はひっそりとしています。

そんな中でも、朝の祈りは毎日続けられています。

参加者は多い時でも5人程度ですが、満ち足りた10分間が私たちの魂を毎朝目覚めさせてくれています。

マザー・テレサは語っています。
「すべては祈りから始まります。祈ることを愛しましょう。日中、しばしば祈る必要を感じ、祈るため労を惜しまないようにしましょう。」

今朝も、毎日参加してくれている学生さんが「学校に来ない学生の皆さんがつながっていますように」と祈っていました。

名古屋柳城短期大学が祈りによって益々元気になっていくことを願ってやみません。(加藤)

それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、
彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」【ルカ19:45-46】

by:a4gpa

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて名古屋柳城短期大学に存在していた朝のお祈りの時間が復活しました!

試行的に行っていたものが、2017/10/24にキリスト教センターの承認を経て、正式に本ブログでもご紹介できるようになりました。主に栄光、主に感謝です。

小さな集まりが大きく成長する。これがキリスト教の世界です。
「それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」(ルカ13:19)

主よ、お望みならば末永く成長させてください。(加藤)

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