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カテゴリー:大学礼拝 の記事一覧

【マルコによる福音書12:41-44】
12:41 イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。

12:42 ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。
12:43 イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。
12:44 皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

明けましておめでとうございます。

皆さんは初もうでに行きましたか。行った人、何人くらいいますか?

お参りしてお賽銭を出しますよね。いくらしましたか。良いご縁がありますようにと縁起を担いで、5円を投げ入れる人がいたかもしれません。それで何をお願いしましたか。神さまは寛大で、優しい方だから、痛くも痒くもない 5円でわたしたちの願いを聞いてくださるのでしょうか。5円と交換に、何か素晴らしい物を獲得しようと思っているならば、全く虫のいい話です。どちらでもいい、ちょっとした気休めならばともかく…。

お賽銭(教会では献金といいますが)は、神さまに何かをお願いするために出すものではありません。お賽銭、献金は本来、神さまへの感謝の気持ちとして捧げるものです。ですから神さまを信じ、神さまへの感謝の気持ちを込めて捧げなければ意味がありません。返礼を求めるものではありません。

今日の聖書のお話は、エルサレムのやもめの話です。やもめは2000年前も、現代も同じように、極端に弱い立場、弱い状況に置かれていました。その当時、やもめ暮らしは、女性自身がもたらしたものとみなされることが多かったため、恥なことと考えられていました。やもめは多くの場合、日々、食べるものにも事欠き、社会の隅に追いやられていました。エルサレムのやもめは、わずか銅貨2枚(約80円)しか持っていませんでしたが、それをすべて捧げました。彼女は目の前で裕福な人々が大金を賽銭箱に入れるのを見て、自分の貧しさを痛感します。こんな少しばかりの献金にどんな意味があるのだろうか、何の役に立つのだろうかと一瞬躊躇したかもしれません。

人生には、わたしたちの能力をはるかに超えているようで、躊躇し気後れしてしまうような試練が多くあります。わたしたちは自問自答します。「わたしのささやかな贈り物にどんな価値があるだろうか? わたしの限られた能力に何の価値があるのだろうか?」と。

パウロは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(コリントⅡ 12:9)というキリストから声を聞きました。

わたしたちがリスクを負っているとき、わたしたちが行うわずかな贈り物や善意を、他の人々やわたしたちすべてにとっての祝福に変えてくださる方が神さまです。

そのような状況でわたしたちに求められているのは、勇気と自分の能力の限界と弱さに気づかされる時、その弱さを支え、力を示してくださるお方がいることを信じ、その方に信頼を寄せて、出来ることをやってみることです。

このやもめは何も出し惜しみをしませんでした。彼女は貧しい中から、自分の持っているものをすべて与えることによって、祝福を受けたのです。

祈りとは自分たちの安全や恐れから一歩踏み出し、これから示される神さまの大きな目的の中にわたしたちの身を委ねることです。勇気と希望と信頼を持って行えば、予想もしない祝福の道が開かれます。惜しみなく与えることで、わたしたちの贈り物はより豊かなものにされるのです。

「イエスさまは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた」と記されています。神様は黙ってわたしたちの様子を見ておられます。それは外見ではなく、心の中を見ておられるのです。

今、柳城での学生生活を送っている皆さんが、日々の様々な状況の中で、このやもめが示したような勇気を持って、行動していくことができるようにと願っています。(チャプレン 大西 修)


学食の掲示板

【マタイによる福音書1:18-25】
1:18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。

1:19 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
1:20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。
1:21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
1:22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
1:23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
1:24 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、
1:25 男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。

イエス・キリストの誕生の出来事はマタイとルカによる福音書に記されています。

マタイによる福音書ではヨセフに、ルカによる福音書ではマリアに焦点が当てられています。マタイはイエス・キリストの生まれ育ったユダヤの人でしたので、ユダヤの人々にイエス・キリストを分かりやすく伝えました。一方、ルカはギリシャ・ローマの世界の人でしたので、その国の人々にマリアという女性を通して、イエス・キリストの誕生を伝えました。

その当時のユダヤでは、植民地の重圧から人々を開放し、国家独立を樹立してくれる王・メシアの到来を、今や遅しと待望する空気が充満していました。イエス・キリストの誕生はこのような時代背景のもとでの出来事でした。

当時のユダヤは男性が圧倒的に優位な社会でした。メシアは千年前の偉大なダビデ王の家系から出現すると信じられていました。ヨセフはダビデ王の末裔にあたる人でした。

天使は夢でヨセフに現れ、マリアの妊娠を告げます。いわゆる受胎告知がヨセフになされます。ルカによる福音書では天使ガブリエルによってマリアに受胎告知がなされます。わたしたちがよく目にする受胎告知の聖画は、天使ガブリエルがマリアのもとに現れる情景です。

ヨセフとマリアは婚約していました。その当時の婚約は現代の結婚に等しい意味を持ち、一緒に住むことによって結婚が成立しました。夢で天使はヨセフに聖霊(神の力)によってマリアが妊娠したことを告げます。一緒になる前にマリアの妊娠が明らかになったのです。一緒になる前に妊娠することが何ら不思議でない今の時代とは、全く状況が違います。ヨセフにとっては全く身に覚えのない出来事が起こったのです。彼は「正しい人」であったので深刻に悩みます。聖書が示す「正しい人」とは神の律法を忠実に従う人のことです。その当時のユダヤの律法では、結婚している女が夫以外の男との子を身ごもったなら、石で打ち殺されねばならないことになっていました。「正しい人」とは苦しみ悩みを持つ人に対して、憐れみや親切な心を持つ人のことでもあります。ヨセフにとってはマリアに密かに離縁状を渡すだけで、婚約を破棄しようとしたことが神の律法を守ることであり、さらに彼女への憐れみと親切な心を表わすものでした。神の全能の力を信じながらも彼は悩みます。しかし、天使は恐れずにマリアを迎え入れるようにと勧告します。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったこと、やがて男の子を産むがその子を「イエス」と名付けなさいとも告げます。

イエスという名は「神は救い」の意味で、人々を罪から救う存在であることを示す名です。預言者イザヤによって「インマヌエル」と呼ばれた名は、「神は我々と共におられる」という意味で、イエスは「神は我々と共におられる」というインマヌエルとしてこの世に来られ、わたしたちの間に生きておられると告げられたのです。

ヨセフは天使の言葉に聴き従い、聖霊によって生まれた幼子イエスの父としての重要な役目を担いました。ダビデ家の家系にメシアとしてイエスがお生まれになったことを証ししたのです。

神を信じて生きることは、どのような試練や苦難があっても、それを通して神は必ず大きな喜びを与えてくださることを教えています。

数々の苦難を背負いながら、神を信じ、神の言葉に徹底的に従い、イエス・キリストの誕生に関わったヨセフの生き方は、クリスマスを迎えようとするわたしたちに多くのことを黙想させ、学ばせてくれるのではないでしょうか。(チャプレン 主教 大西 修)


クリスマスツリー点灯式

ルカによる福音書1:1-4
1:1‐2 わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。

1:3 そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。
1:4 お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。キリスト教の暦(教会暦)について

2週間にわたる実習が終って、今どんな気持ちですか。長かったですか、短かったですか。もう少し続けたかったなあと思っている人もいれば、もう十分と思っている人もいるかもしれません。いずれにしても保育者になるための貴重な体験、これからの日々の学びに生かしていってください。

さて、わたしたちが生きていく上で、暦は必要不可欠なもので、重要な役割を果たしています。暦のない生活を考えたことがありますか。とても考えられないですよね。

て、人間は早くから宇宙の法則、また1年間の自然界の規則正しい循環に思いを凝らすことよって生活のリズムを作り上げて来ました。社会的存在として生きる人間にとって、1年間の春夏秋冬という季節の移り変わり、1日の朝、昼、夜という時の流れが、共同生活を営んでいくために必要な自然暦を作り出してきました。それにそれぞれの民族固有のライフスタイルを維持し、受け継いできた習慣や歴史的出来事が付加され、今日の暦が出来上がってきました。

わたしたちが今使っている日本の暦は、いつから使い始めたか知っていますか。今から145年前の1873(明治6)年、明治政府が太陽暦(グレゴリオス暦)を採用したことに始まります。そして3年後の1876(明治9)年、日曜日を休日とするキリスト教的な7曜制が法制化されました。1週間を7日とする暦の源は言うまでもなく、ユダヤ教が聖典とする旧約聖書の創世記に書かれている神が7日間で天地を創造された物語です。日曜日の休日は、神が6日間で天地を造られ、7日目にお休みになったとされる安息日から来ています。そしてキリスト教の時代になって、イエス・キリストが復活された日が安息日となり、それが休日になりました。ですから、日曜日はイエス・キリストの復活を覚えて感謝する日が起源です。

このように明治の初期から、キリスト教文化圏の影響を受けた暦が使われました。普段、何も考えず無意識に使っている暦、実はキリスト教の暦なのです。因みに、それ以前の日本では太陰暦が使われていました。もちろん日曜日はなく、休日はお盆と正月だけでした。

キリスト教の暦はその前身であるユダヤ教から受け継いだ部分もあります。教会の暦(教会暦と言います)はキリスト教の暦と深い関わりがあります。教会暦は1年間の自然界の巡りを通して、聖書に書かれている神さまの出来事、歴史的なイエス・キリストの出来事、それに続く教会の出来事が折り込まれています。

わたしたちに与えられた1年間の日々を、一つの目標達成を目指して有意義に過ごすために役立つ暦として教会暦があります。

教会暦の新年は11月後半から12月初めのクリスマスを迎える4つ前の日曜日から始まります。アドヴェント(降臨節、待降節)と呼ばれています。今年は12月2日の日曜日から始まり、4つ目の日曜日12月23日を守り、12月25日の降誕日(クリスマス)を迎える準備期間がアドヴェントです。アドヴェントとは「来る、接近する」という意味のラテン語です。キリストが来られた降誕を祝い、キリストが再び来られる再臨の約束を、希望をもって待ち望むときです。そのために深い悔い改めと祈りと慎みをもってこの時を過ごします。紫の期節と呼ばれ、祭壇にかけられる布や司祭が着けるストールなどの祭色は紫を用います。この期間は祭壇にお花は飾りません。教会暦ではお祝い(勝利と祝福と純潔と喜び)の時を迎える前に準備の期間が定められています。心からお祝いし、喜びを分かち合うためには、悔い改めと祈りが必要です。クリスマスを祝い、感謝と賛美と喜びが大きなものになるための備えとして、悔い改め、心を清めることが大切なのです。クリスマスには勝利と祝福と喜びと命を表わす白の祭色の装飾布を祭壇にかけ、お花を飾ります。

1月6日の顕現日(公現日、エピファニーデイ~彩色は白)から占星術の学者の来訪に始まる顕現節~祭色は緑~に入り、イエス・キリストの神の子としての姿が、教会暦の礼拝で読まれる聖書を通して示されます。クリスマスから顕現日までが降誕節です。クリスマスツリーなどは1月6日に取り外されます。顕現節に続くキリストのご復活前の40日間は、大斎節(受難節、レント)と呼ばれる紫の期節で、キリストの荒野での悪魔の誘惑と断食の苦しみを覚えるとともに、最大の出来事であるイエス・キリストが十字架上で亡くなられた受苦日(受難日、聖金曜日)を祈りと断食と節制のうちに過ごします。

十字架の死から3日目、復活日を迎えます。キリストのご復活を祝うイースター(復活日)も勝利と祝福と喜びと命を表わす白を祭色として用います。 教会暦はイエス・キリストのご復活とご降誕という2つの中心点を軸にして出来上がっています。11月後半から3月から4月にかけては、イエス・キリストのご生涯の出来事に添った形で暦が作られ、4月から11月にかけての半年は復活節、昇天日、ぺンテコステ(五旬祭)の時、聖霊が降臨し教会が誕生した出来事(赤)、イエス・キリストの事績、お話になったことなどが教会の暦の中で、順次示されていく聖霊降臨節(祭色は緑~命、平和、成長を表す)を経て暦の1年間が巡る形になっています。

暦はわたしたちの人生行路を日々豊かに、目標に向かって導いていく役目を果たしています。キリスト教の暦(教会暦)に従っていく時、生きる意味が見えてきます。

皆さんはどんな暦に従って生活していますか?( チャプレン大西 修)


折り紙クリスマスツリー(学生食堂)

【マタイによる福音書18:10-14】
18:10 「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。
18:12 あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。
18:13 はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。
18:14 そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」

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いよいよ来週から、1年生は初めての教育実習、2年生は2度目の保育実習が始まります。

教育実習法、保育実習指導の授業も受けて、実習に入る準備は多分出来ていることと思います。とは言っても初めての実習の現場ですし、何が起こるかわからない要素もたくさんあります。ですから心配があって当然です。わたしも大学4年次に高校での3週間の教育実習、神学校の3年次には東京築地にある聖公会の聖ルカ国際病院で1ケ月の実習を経験しました。今でもその時のことを思い出すと冷や汗が出てきます。不安だらけで何一つ思った通りにいかなかったからです。

「礼拝への出席は、あなたの実習をきっと素晴らしいものにするでしょう!」と今回の礼拝案内の掲示に書きましたが、「あなたの実習が成功することを保証します、約束します」とは書きませんでした。そんなことをもし書いたとしたら、万一、結果があまり芳しくなかった場合、「チャプレン、嘘言った、あれは過大案内だ」と言われかねません。「礼拝に出席すれば必ずご利益があります」と言えば、皆さん出席しますか。ご利益を求めて礼拝に出席するのではありません。「休まずきちんと授業に出席すれば単位を認定します。」と言われれば、授業に出席しますか。考えてみてください。確かに出席するでしょう。しかし、単位を取る目的で授業に出席しているのでしょうか。そうではなく、卒業し社会に出て、現場に立って働くとき、きっと授業を通して身につき学んだことが、役立つと信じているからだと思います。もしそう考えていない人がいたら、今からでも遅くはありませんので、その考えを直してください。

さて、イエスさまはいつも子どもたちや、その当時小さな者とされていた社会的に弱い立場に追いやられていた人々(やもめ~未亡人~や寄留の外国人)、無視され、蔑まれていた人々に対して殊の外、思いを寄せられ、積極的に関わりを持たれました。

「このような小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。」(18:10)と言われ、「迷い出た羊」のたとえを話されました。ある人が100匹の羊を所有しており、その中の1匹が迷子になったとしたら、99匹を残しておいて、その1匹を探しに行くのが当然だというのです。そしてその1匹の羊が見つかったなら、99匹の迷わずに残しておいた羊のことよりもはるかに喜びは大きい。このようなたとえです。

イエスさまの価値観はわたしたちの価値観と明らかに違います。天国、神さまのお考えがイエスさまの価値観にそのまま反映しているのです。わたしたちは数、数量に関心があります。99匹と1匹を比較し、1匹のために99匹が犠牲になることなど考えられない。それより1匹だけが犠牲になるほうがいいのではないか、と数、数量の多い方を優先し、それを大切だと考えます。しかしイエスさまは数量ではなく、目につきにくい質量(弱さ、小ささ)を大切にされます。見落としてしまいがちな、忘れられてしまいそうな人(たった1匹の羊)を、とことん大切にされ、最後まで面倒を見られるのです。

実習の現場に立った時、あなたに寄り添い、駆け寄って来て、まとわりつく元気な子どもがいれば嬉しくなり、一緒に遊ぶことが楽しくなります。その子どもと、ずっと関わっていたい気持ちになるでしょう。でもそんな時、注意深く周囲を見回してください。部屋の片隅でひとりだけでうつむいている子ども、園庭に独りぼっちで寂しそうにしている子どもがいるかもしれません。そのような子どもに積極的に近づいて行って、優しく声をかけることができれば最高です。とても素晴らしいと思います。どのような声掛けをするのがふさわしいかは、十分考えてみる必要があります。あなたの声掛けによって、その子どもは一層固い自分の殻の中に入ってしまうかもしれませんから。声をかけないで、そっと傍らにいることがひょっとしたら正解かもしれません。

イエスさまはわたしたちに注意深く物事を見で、小さなことも見逃さないようにと願っておられます。わたしたちの注意力は人に対してだけでなく、周りの環境に対しても注がれるようにしたいものです。庭の草花一つ、石ころ一つ、ゴミ一つに対してどのように関わり、それに対処するかは、あなたがたひとりひとりの感性によるところが大きいかもしれません。感性は磨かれる必要があります。磨かれることによってますます豊かになります。嫌なこと、やりたくないことは誰にもあります。でも、それをすることによってあなたは成長し、人々の喜ぶ顔を見ることができるようになり、その喜びを分かち合うことができるようになるのです。

イエスさまは一人一人をこよなく愛され、大切になさいました。このわたしもその中の一人です。このわたしが覚えてもらっている、覚えられていること、こんな嬉しいことはありません。「どうせ、わたしなんか、もうだめだ」とヤケクソの気持ちになったことはありませんか。そんな時、このわたしに一番近くいてくださる方、みんなから無視され、仲間はずれにされ、もうダメかもしれないと諦めかけているわたしに、優しく声をかけ、大丈夫だよ、いつも一緒にいてあげるからと言ってくださる方がおられるのです。それを信じることができる時、子どもたちの前に勇気をもって立つ力が与えられるのです。

自分を静かに見つめる時こそ、祈りの時と言えるでしょう。夜寝る前のひと時、朝起きて顔を洗うとき、学校へ向かう電車の中、また実習に出かける途中でその時が持つことが出来ます。その時を持つことによって、あなたの1日を、あなたの実習を素晴らしいものに違いありません。これがご利益であると言えば、言えるのかもしれません。

皆さんの来週からの実習が実り豊かなものになりますように、覚えてお祈りしています。(チャプレン 大西 修)


押し花作り

【マタイによる福音書18:21-35】
18:21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
18:22 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。
18:23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。
18:24 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
18:25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。
18:26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。
18:27 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。
18:28 ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。
18:29 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。
18:30 しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。
18:31 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。
18:32 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。
18:33 わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』
18:34 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。
18:35 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

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赦すことは何と難しいことでしょうか。愛することは赦すことである、愛していなければ赦すことはできない、赦せないのは愛していないからである。そう言われたら、自分が思っている愛って本物なのだろうかと考えてしまいます。わたしがある人を心から愛していれば、もしその人の行動や、話したことが仮に間違っていたとしても、それをすべて赦すことができるはずです。しかし、本当にそんなことができるのでしょうか。

自分に直接関わりのない人は、赦すことができます。他人事ですから自分は痛くもかゆくもなく、見逃すことができるからです。あんなひどいことをする人は、見過ごしにできない、赦すことができない、と言葉で言うだけで、何も起きずに終わるのです。

赦すというと、赦す主体はわたしですから、わたしが誰かを赦すことをまず考えます。

ペテロの「兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。7回までですか。」との問いに対して、イエスさまは「7回どころか、7の70倍までも赦しなさい」と答えられました。ペテロにしてみれば、予想外の答えでした。なぜなら2~3回赦すことは何とかできます。「仏の顔も3度まで」のことわざもあります。7回までと言えば、そんなにまでよく頑張って赦したねと、きっとほめてもらえると思ったのです。しかし、7の70倍まで(490回まで赦すという回数の問題ではなく)完全に赦しなさい、すべてを赦しなさいというよりも更に、もっと強調されて、ずーっと赦し続けなさいと言われたのです。

そして赦す対象は、兄弟、身内、親しい人たちに限らず、すべての人たちなのです。

振り返ってみると、わたしは自分の子どもたちを何度も何度も赦してきました。「今度過ちを犯したらもう赦さないからね」と何度言ったことでしょう。その時、本当に心から赦していたのかと考えてみると、心の奥底に赦していない自分がいたことに気が付きました。

ですから、また同じ過ちを子どもが犯すと、「前にも同じことをしたでしょう。もう今度という今度は絶対赦さないからね」と怒りを露わにしてしまったこともあったのです。

さて、赦しのことを教えるために、イエスさまは「仲間を赦さない家来」のたとえを話されました。1万タラントン(現在のお金に換算すると1兆円に相当する金額)という考えも及ばないほどの高額の借金を、無条件で主君に赦してもらった家来は、そのすぐ帰り道で自分が100デナリオン(今のお金に換算するとおよそ100万円)貸している仲間に出会い、借金をすぐ返せと迫り、返せなかった仲間を赦さず、ひどい目に合わせた上、牢獄にぶち込んでしまったという話です。主君はそれを聞いて憤慨し、その家来を断罪し、借金を完済するまで牢獄に入れたという結末です。

ここでの主君は神さまのことを言っています。家来とその仲間はともに借金の多い少ないはあっても、それを負っている二人の人間を描いています。主君は、返せるはずもない膨大な借金を、必ず返しますから待ってくださいとしきりに願う家来の姿を、憐れに思い、彼を無条件で赦し、借金を帳消しにしてやったのです。何の見返りも報いも求めない赦しが一体あるでしょうか。しかし、この主君は無償の赦しを家来に与えました。これこそ神による「憐れみによる赦し」ということが言えます。たとえの中心がここにあります。神さまからの人類に対する無償の赦しが描かれています。たとえの中に出てくる借金や負債は、わたしたち人間が気付こうが気付くまいが、背負いこんでいるとてつもなく大きな罪のことです。どんなことをしても払い切れない、ぬぐい切れない罪の重荷をわたしたちは背負っています。それをなくすことは到底できない、不可能です。そのできないことをしてくださる方が神さまです。神さまはわたしたちを愛し、無条件で赦し、受け入れてくださる、死ぬことさえも厭われないお方なのです。神さまは、愛するみ子イエスさまをわたしたちの罪が赦されるために、十字架の死にまでつかせられたのです。

「憐れみによる赦し」を受けた家来は、当然及びもつかない赦し、どう表現してよいのか解らない赦された喜びを、生きていく中で表すことが求められていたのですが、目先の小さな赦しをさえ実現できなかったのです。

わたしたちはこの家来と同じ生き方をしていないでしょうか。自らの罪に目覚め、赦されている喜びをもって、日々出会う人々を赦していけるように祈り求めてまいりましょう。

11月後半から、実習が始まります。それぞれ遣わされた場で良き学びの日々が過ごせますように祈ります。(チャプレン 大西 修)


折り紙を折る幼児

【フィリピの信徒への手紙4:6-7】
4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

今年2018年は柳城の創立120周年(1898、明治31年)、ヤング先生の生誕163 年(1855、安政2年)、来日123年(1895、明治28年)、そして逝去78周年(1940、昭和15年、名古屋において85歳で逝去、八事の教区墓地に埋葬)の記念の年に当たります。

ヤング先生はどんなお方だったのでしょうか。残されている記録や証言、写真などで概略を知ることができます。カナダのオンタリオ州ヴィエンナで幼少時を過ごし、そこのハイスクールを卒業、母校で5年間教師をし、その後1年間カナダ・ロンドン市の美術学校に学び、さらにハミルトン市師範学校保母科に2年間学び、卒業後1890~95年エールマ町幼稚園主任保母として勤務されました。

先生が日本に来られた第一の目的は、宣教師として伝道することでした。1891(明治24)年の濃尾大地震後、名古屋を本拠地としてすでに活動しておられたカナダ聖公会のロビンソン司祭の働きを援助し、家や親を失った子どもたちへイエスさまの愛を自らの身をもって伝えること、子供たちに援助の手を差し伸べることでした。

カナダにそのまま在住し、幼稚園主任保母として働き続ければ、安定した生活が保障され、地位や名声も約束されたに違いありません。しかし、あえてそれを投げ打って40歳という年齢で、しかも病弱というハンデキャップを押してまで彼女に来日の決意を促したものは、物静かな中にも芯の強い彼女が持っていたイエス・キリストへの愛、神を信じる信仰に他ならなかったと思います。

今から120年以上も昔、女性が単身、未知の国、日本にやって来ることは想像も出来ないことでした。彼女が40 年間カナダで学んだこと、教師として体験したことは、日本に来て大きな実りをもたらしました。その当時の日本の状況は、封建的な考え方が色濃く残っており、女性の地位は著しく低く見られ、就学前の幼児教育など殆んどなされていませんでした。そのような中で、ヤング先生は自ら学んで習得したフレーベルの考え方をもとに、保育を通して神の愛を伝えることを中心に、礼拝をし、聖歌を歌い、聖書の話を聞き、祈ることを大切にしたのです。青年たちに英語を教えたり、母親たちには料理やしつけなどを教えたりしました。子どもと大人が一緒に育ちあう場として幼稚園をとらえ、その働きの中から保母養成所が生まれました。鈴木いねという女性を自分の家に住まわせ、幼児教育者として訓練するかたわら、名古屋で初めての幼稚園として、柳城幼稚園を創立しました。そしてこの幼稚園の働きから柳城保母養成所が生まれ、鈴木いね姉が第1回の卒業生となったのです。

フレーベルは幼子と花と音楽をこよなく愛しました。遊戯は運動的な遊戯として、ダンス、行進、唱歌、作業的な遊戯として植物栽培、恩物を大切にしました。その流れをヤング先生も柳城の保育の中に位置付けました。今もそれが柳城の教育、保育の中に底流としてあることを忘れないようにしたいものです。

ヤング先生は1922(大正11)年、健康が悪化し、断腸の思いで帰国されましたが、柳城への熱い思いを断ち切ることができず、1936(昭和11)年、再来日、そして1939(昭和14)年、3度目の来日、翌1940(昭和15)年3月29日、愛する名古屋で逝去されました。

わたしたちが一番大切にしたいことは、ヤング先生の保育への情熱は、神に愛され、生かされていることへの感謝に培われた信仰がその根底にあったことです。名古屋での日々、わたしたちの知らない多くの困難や迫害がきっとあったことでしょう。しかし「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」というみ言葉に立ち、感謝と願いと祈りをもって生涯を全うされたことを忘れないようにしたいものです。(チャプレン大西修)


マーガレット・ヤング先生

【マタイによる福音書 7章7~8節】
求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
誰でも、求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれる。

今日は私が皆さんと同じ18~21歳ごろ、私の学生時代の話をします。時代は違うのですが、青春時代にあって生きがい、職業や結婚についての夢などみなさんと同じようにいろいろ考えていたころです。

私が入学した1959年(昭和34年)は、4月に皇太子ご成婚式、9月に伊勢湾台風に襲われこの地域で5000人の多くの人々が亡くなった年です。大学の教養部は滝子にありましたが、クラブ活動は、演劇部かオーケストラか迷っていましたが高校の先輩に誘われて野球部に入りました。

何のために生きるのか、何を生きがいとして生きるのか、あれこれ思い悩んでいました。皆さん達のように「保育士になりたい」というはっきりしたものはまだなにもありませんでした。

野球部だけでは何か物足りず、自分自身の生きがいを求めて、木造の教室で机を囲んで行われていた「聖書研究会」に出席しました。先輩に誘われ20分ほど歩いて山脇町の名古屋学生センターへ行きました。日本聖公会の学生キリスト教運動(SCM)の活動拠点であり、聖書研究会 キリスト教研究会 社会問題研究会など先生を交えて真剣な議論がかわされていました。柳城の学生も参加しており、私がはじめて柳城生に出会った時でもありました。

春休みと夏休みには3泊4日の特別研究会がびわ湖畔の北小松や恵那の雀のお宿で行われ、「学生と社会」「日本人とキリスト教」「現代社会に生きる」などテーマを決め講師を呼んでの研修会でした。キリスト者の社会的責任は何か、今遣わされた場で我々のになうべき課題、十字架は何か?

キリスト教の愛についての考え方、フィリア(友愛)エロス(男女の愛)ストルゲー(家族愛)アガペー(神の愛)、四つの愛のなかで特にアガペー=神の無限の愛について学びました。私たちがいまこうして生きて存在しているのは自分ひとりの力ではなく神様の愛によってである。一つの民族のためではなくすべての人々のために十字架につけられ死んだイエスキリスト。それを見ならって生きた初代教会のひとたち。

問題から逃げないで課題と正面から取り組むというクリスチャンの生き方に私はひかれました。1960年12月25日 大学2年の時、ここ名古屋聖マタイ教会で洗礼を受けました。そして教会につながり永遠の命を与えられ、多くの素晴らしい人たちに出会いました。

「愛によって仕えよ」を建学の精神とし純粋に保育に生きようとしていた柳城の学生たち。いまは高齢になられましたが素晴らしい生き方をされている方が多くおられます。私の妻も学生キリスト教運動の中で出会った一人です。結婚して50年今年金婚式をむかえましたが今も教えられることの多い毎日です。

今皆さんは若さあふれ、最も美しく輝いている時です。心も美しい人になり人々を愛し人々から愛される素晴らしい人になってください。聖書に学び、イエス・キリストに学び、何物にもかえがたい自分自身の生き方を追い求めつかんでください。(長縄 年延 学長)

✝ ✝ ✝

礼拝後にアセンブリー・アワーがもたれました。

奨励奨学生 表彰式(2年次)

2年次前期の学業成績の上位10名の学生さん(保育科)が表彰されました。
今回は大接戦(笑)だったようで、同点が多く出たとのこと。
全体のレベルが上がってきた証拠なのでしょうか?

皆さん、スーツに身を固め、嬉しいやら恥ずかしいやらって感じでしたよ(^^♪

おめでとうございます(^o^)/
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●新生病院(信州)リトリート報告会

今年で2年目を迎えたリトリートです。

東日本大震災復興支援ボランティア活動の精神を受け継ぎながら、リトリート(修養会)的要素(つまり、日常生活を離れ自分自身と深く向き合うということ)も取り入れたこの企画。

新生病院での様々なボランティア活動と病院チャプレン(大和孝明さん)との交流の様子がスライドを使って紹介されました。(詳しくはこちらで)
参加した学生さん一人ひとりが分かり易く丁寧に説明してくれましたよ(^^♪

今回は、介護福祉専攻科の研修旅行とジョイントされていたので、参加人数も多く、活動に奥行きがあったように感じました。

幸いなことに、今年もメリット(リチャード・アレン・メリット第4代学長)基金の支援も受けられました。感謝です!

日常を離れて「まったり」と過ごす中で、黙想と祈りの時間を大切にする。
柳城らしいリトリートがこれからも続きますように、お祈りします。(加藤)

 


リトリート中に歌った聖歌を披露してくれた参加メンバーたち(^o^)/

【詩編98:4-9】
98:4 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。

98:5 琴に合わせてほめ歌え/琴に合わせ、楽の音に合わせて。
98:6 ラッパを吹き、角笛を響かせて/王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
98:7 とどろけ、海とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものよ。
98:8 潮よ、手を打ち鳴らし/山々よ、共に喜び歌え
98:9 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き/諸国の民を公平に裁かれる。

そもそも、自分はいつからこの「音楽」という道で生きることを決めたのか、いつからこの道に生かされているのかということは、実はこのお話を頂いてから、初めて考えたことでした。家族は、小さい頃のお稽古のひとつとして「バレエとピアノ、習うならどちらがいい?」と、私に選択の余地を与えたようですが、バレエよりピアノを習わせたかった母親の意図どおりに、4歳の私(緑区あけの星幼稚園の年中さんでした♪)は「ピアノ」を選択。以来、ピアノに関する弱音を吐くたび「自分で選択したのよ」と言われることになります。

家族と恩師に支えられながら、愛知県立明和高等学校音楽科、愛知県立芸術大学音楽学部ピアノ科へ進学。反抗期真っ盛りながらも、今なお深い関係の続いている「自分と同じ夢をもつ同級生」たちと切磋琢磨する毎日は本当に刺激的で、充実した日々でした。しかしちょうど皆さんと同じ年齢くらいの頃、試験や課題、コンクールに追われるばかりで “いま”しか生きていない感じがして、当時の私は少しの焦りを感じていました。 “いま” より少し先の未来のことを考えたり、これまでの過去を振り返ったりしたとき、「社会に出てどう生きるのか」という不安が漠然と襲ってきたのです。いまさら音楽以外の道へ後戻りできないことに、恐怖心さえありました。

そんな心を知ってか知らずか、そのころ恩師から送られたポストカードに書かれていたのが、「くちびるに歌を、心に太陽を」という言葉でした。恐れず一歩を踏み出してみなさいというような力強さと、それでいてどこか たおやかさ を兼ね揃えたこの言葉が私の心の中にすっと落ち、ずいぶん励まされたことを今でもよく覚えています。のちに、この言葉はドイツの詩人ツェーザル・フライシュレンによるものであることを知りました。カードのお礼も兼ねて後日恩師を訪ねたところ、彼女もこの詩を人生のモットーとしていることを教えてくださいました。

くちびるに歌を。
こころに太陽を。

加えて恩師は、

目ではほんものをみること。
耳には人から、ものから、あらゆることばと音色を聴くこと

…も大切よ、とご自身の言葉を付け加えられました。

その後私は、ほんものを見るため、そして耳を育てるため、心の中にひそかに思い描いていた海外留学について、自分の未来のために、準備しようと決心しました。「自分が学んでいるクラシック音楽の、本場に行ってみたい。」という思いから、私の人生の第2楽章、フランスでの生活が始まったわけですが、そこでの波乱万丈生活…いや…波乱爆笑生活!の全ては、今日この時間だけではきっとお話しきれないので、またの機会に。

フランスは街の中にメロディーがあり、リズムがあり、祈りがあり、表情に富んだ美しい国でした。また、そこにいるフランス人、彼らは誰よりも、人生を愉しむ天才だとつくづく感じました。私は音楽を学びにフランスへ行きましたが、それ以外の面でも多くの宝物をもらったように思います。人生が変わったとは言い過ぎかもしれませんが、ほんとうに、そんな気もしています。

振り返ってみれば、人と幸運に恵まれた人生でした。

“いま”だけをがむしゃらに生きてきてしまったことに危機感を覚え、踏み出した一歩でしたが、言い換えればそれは、今しか見つめなくても過ごせるよう守られていたからこそ、とも思い、感謝しています。

また、出会いの中で本当にたくさんの恵みを受け、いまの私があります。

人生の選択肢のひとつに、音楽という道をくれた家族からは、愛情の深さを。
恩師からは、あたたかで厳しい覚悟の力を。
親友からは、共に弱さを認めあうことの安らぎを。
ここ柳城学院にご縁をいただいてから時を共にさせていただいている先生方、職員の皆さまからは、私もこんなふうに働いてみたいという憧れを。
そして大切なあなたたち…学生からは、教え、教えられる歓びを。

よく、「ピアノをやめたいと思ったことはないのか」と、問われることがあります。やめたいと思った日…少なく見積もっても、何十回とあります。もともと、譜読みが得意なタイプではありませんでしたし(だからいま苦労している学生さんの気持ち、よく分かりますよ^^)、それに、数十分の演奏に対して何百・何千時間の月日を積み重ねるのって、なんだか割に合わない気がしませんか?!

でもそこで結局「やめる」という選択には至らないのは、それ以外の味わいに悦びを見出していたことと、やはり先ほどにも述べた、人との出会いのおかげでしょう。

それからもうひとつ、「音楽の中では、自分の人生以上の時間を生きられる」ということに、私自身とても惹かれているのだと思います。言葉が足りず伝わりにくいかもしれませんが、たとえば今ここで、J.S.バッハ(1685-1750)とドビュッシー(1862-1918)の曲を演奏したとしたら、そこには200年ほどの時間が流れていて、いまここに生きる私たちは、それらを数分のうちに聴いたり弾いたりできるわけです。人類の長い歴史をみれば、それもまたごくわずかな時間ですが、音楽の中ならば時間を遡ることができるというのは、私にとって極上の自由であり、自分が自分らしく生きるための、表現のかたちです。

あたたかな心をもって耳を傾けてくださり、ありがとうございました。

皆さまの中にいつも、うたと太陽がありますように。(扶瀬 絵梨奈 本学教員)

 

昨年、「黙想と祈りの集い」で奏楽を担当してくれたマコちゃんで~す!
大西チャプレンとツーショットでキャワイイ~(笑)

運動会の代休日。何しよっかな~と悩んだところ「柳城短大があるじゃん!」とひらめいて、ホッと一息、静かな時間を過ごしたくなったということです。

嬉しいですね。こういう発想。母校が心のオアシスになってる。

お昼の讃美歌タイムと礼拝後のバイブルタイムにも参加してくれて、こちらも飛び上がるほど楽しかったです(^^♪

こういう機会が与えられ、あらためて、柳城に「清さ」を保つことの大切さを思い知らされた感じです。

主に感謝! (加藤)

 

 

今回は、AHIアジア保健研修所の巡回報告会を兼ねて、研修生のカミール・アンデロス・レイェス・ジュゴ(ミンミン)さんにお話を頂きました。通訳はAHIスタッフの中島隆宏さんです。

ミンミンさんはフィリピンのカピス大司教区社会活動部というNGOに所属するクリスチャン(カトリック)です。まだ20代で、AHIの研修生としては異例の若さだそうです。

そんな将来性を持った彼女ですが、大学生の頃はどちらかというと受け身の構えで、ただ漫然と卒業を目指すようなタイプの学生だったそうです。でも就職先で仕事を任されるほど上司に認められたという経験を得てから、急にスイッチが入ったといいます。

人を認め、その能力を最大限に活かす役割の大切さを感じた彼女は、現在の道に進み、大いに自分の力を発揮します。特に、コミュニティー・オーガナイザーとして、若い人たちの自己啓発を後押ししながら、彼ら/彼女らに地域で活躍できる場を提供することを目指しています。お話の中では、その具体的な事例が2件紹介されました。

こうして、貧困や不便さを抱えた地域でコミュニティつくりに励むミンミンさんですが、彼女はそうした活動の中で自分自身の成長に関心を払うことを忘れません。その謙虚さが彼女の信仰者たるゆえんでしょうか。

ヘブライ人への手紙
13:1 兄弟としていつも愛し合いなさい。
13:2 旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。
ガラテヤの信徒への手紙
6:10 ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。
イザヤ書
1:17 善を行うことを学び/裁きをどこまでも実行して/搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り/やもめの訴えを弁護せよ。

こうした聖句を引用しながら、ミンミンさんは力を込めて語ります。
「行動のない信仰は本当の信仰ではありません!」
「私はAHIの経験を通して、人に尽くすことを惜しみません。約束します。」

 

礼拝後に学生食堂で歓談した際にも、彼女は、「もしもAHIの研修生として採用された場合は、今の仕事を続けます」と祈ったことを告白してくれました。隣に座るAHIスタッフの中島さんが、それを聞いて嬉しそうにしていたのが印象的でした。

神のご計画の偉大さと祈りの力をあらためて感じさせてくれた今回の報告会。
名古屋柳城短期大学に集う私たちは、与えられたチャンスをチャレンジに変えられるでしょうか。

主に感謝 (加藤)

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