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12月18日(火)に行なわれた礼拝の模様をお届けします。

●前奏:扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏「牧人ひつじを」

 

●点火の祈り
「義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますように。」

 
 

●聖歌  第69番「もろびとこぞりて」

●ページェント:柴田ゼミ学生、「キリスト教保育」受講生

1 受胎告知
2 ベツレヘムへの旅
3 野の羊飼いと天使
4 み子の誕生と羊飼いの礼拝
5 占星術の博士たちの礼拝

 
 
 
 
 
 

●福音書【ヨハネによる福音書 1:1-5、14】
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

 

●クリスマスメッセージ:チャプレン 主教 大西 修
こちらでご覧ください】

●ハンドベルによる演奏:扶瀬ゼミ学生
「いのちの奇跡」
フルート:中西 美月 マリンバ:広瀬 美月 編曲:扶瀬 絵梨奈

 

●聖歌 第76番「かいばおけの干し草に」

●奉献の祈り

●聖歌 第91番「荒野のはてに」

●聖歌「おほしがひかる」

 

●主の祈り(起立のまま)
天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧(かて)を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

●諸祈祷(起立のまま)

・名古屋柳城短期大学のための祈り
・東日本大震災と熊本地震を受けて―祈りをともに
・アッシジの聖フランシスの祈り
あなたの平和を人々にもたらす道具として、
わたしをお使いください。
憎(にく)しみのあるところに愛を、
不当な扱いのあるところにはゆるしを、
分裂のあるところには一致を、
疑惑のあるところには信仰を、
誤っているところには真理を、
絶望のあるところには希望を、
暗闇(くらやみ)には光を、
悲しみのあるところには喜びを、
もっていくことができますように。
慰(なぐさ)められることを求めるよりは慰めることを、
理解されることよりは理解することを、
愛されることよりは愛することを、
求める心をお与えください。
私たちは自分に死ぬことによって自分を見いだし、
自分自身に死ぬことによって
永遠のいのちをいただくのですから。

●祝祷

●特別活動奨励奨学生・課外活動団体の表彰式(一同着席)

●聖歌 第81番「神には栄え」

●後奏

 

✝ ✝ ✝

福音書を読めば分かる通り、イエス・キリストは約3年間の宣教活動を通して、人類にまことの愛を教えてくださいました。だから、クリスマスはその愛を一年で一番熱心にチャレンジする日ではないでしょうか。たとえイエスを知らなくても、この日に何らかの愛が実践できれば、クリスマスの意味は理解できていることになります。

その意味で、礼拝案内でも紹介した次の言葉は、たいへん参考になるでしょう。

『クリスマスがやってくるといつも思うんですが、神の名と起源に畏敬の念をいただくことは置いといても、クリスマスはクリスマスなりにいいものだと思うんですよ。親切になり、許しあえ、慈悲ぶかく、楽しいときでしょう。』

今年も11月の初旬から町のあちこちにイルミネーションが輝き始め、年の瀬の1大イベントとしてのクリスマスを迎えようとしています。

神のみ子である救い主イエスさまが全人類の救いのために、人間の姿をとってこの世にお生まれになった御降誕(クリスマス)の出来事を、心からの感謝と喜びをもってお祝いし、また再び来られる救い主イエスさまを、祈りのうちに待ち望む備えの時として、降臨節(アドベント12月1日から24日まで)を過ごしています。

そんな中でふと考えることがあります。クリスマスって一体何なの、一体どこにあるのだろうかと。心の目をしっかり見開いて、静まって見つめないとクリスマスが見えてこないのではないかと思います。ひょっとしたらキリスト教の精神を掲げているわたしたちの学院においても、クリスマスを祝う意味が薄らぎつつあるのではないか、そんな不信仰ともいえる思いが脳裏をかすめるのです。自己満足に陥り、自分だけのしあわせを追い求め、今年もクリスマスを当たり前のことのように迎えようとしている、そんな生き方でいいのかと、今わたしたちに問われているのではないでしょうか。

東日本大震災からやがて9年を迎えようとしている今この時にもなお、寒さの中で多くの不安を抱きつつ、厳しい生活を余儀なくされているたくさんの被災された人々に思いを馳せる時、そのような人々の中にこそ、本当のクリスマスが目に見えないけれども確かにやって来ているのではないかと思うのです。なぜなら人間には想像も出来ないような方法・手段をもって、人類の歴史に働きかけてこられる神が、インマヌエル(神は我々と共におられる)と呼ばれるイエスさまをキリスト(救い主)としてこの世にお遣わしになったからです。

なぜ、イエスさまは臭気漂う、薄暗く、むさ苦しい家畜小屋にお生まれになったのでしょうか。イエスさまは、路上に過ごす人々や、避難所や仮設住宅で生活する人々、孤独な人、痛み、苦しみ、数々の悩みや病いの中にある人々、愛に飢え渇いている人々、家庭内暴力に脅えている子供や婦人たちと共におられ、一緒に歩まれるお方だからです。

飼い葉おけに寝かされている乳飲み子の姿の中に、神がどれほど深く人類を愛しておられるかを窺い知ることができます。神が人となられてこの世に来られ、人には見えにくい影の部分に愛をもって入ってこられ、人と同じ生き方をなさるためにおいでになったのです。

ルカによる福音書では、最初に、救い主誕生の知らせが野宿して羊の番をしていた羊飼いに伝えられました。これは、大変意味深いことです。

その当時、羊飼いは貧しく、卑しい身分の者とされていました。ローマ帝国の圧政下にあって、苦悩の中にあえぐ人々を象徴するような存在でした。救い主誕生の知らせは身分の高い王侯貴族などにではなく、低い身分に追いやられ、差別され、弱い立場にある人々に伝えられ、その人々のために救い主が来られたことを教えているのです。

マタイによる福音書には、闇を照らす光として来られたイエスさまをキリスト(救い主)と信じ、東方の国から遠路はるばるベツレヘムにやって来た占星術の学者たちの話があります。

ところで、クリスマスの話は夜(闇)と深い関わりがあります。イエスさまが夜半に生まれたかどうかは定かではありませんが、イエスさまの到来が闇との関わりの中で受けとめられていることは確かです。ヨハネによる福音書はイエスさまを人間を照らす光とし、「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」と記しています。

闇の中に生きる人間にとって、イエスさまこそ光であり、人類の闇を照らす光そのものなのです。闇とは人々の心の闇、人生の悲哀、貧しさ、病気、孤独、罪のしがらみ、不正な社会における差別の現実などを指します。イエスさまが来られたのは、そのような闇の現実に光を当て、白日のもとにさらすことによって、闇を退け、闇から人々を解放するためでした。

その光であるイエスさまにお会いするため、羊飼いたちは家畜小屋へと急ぎ、占星術の学者たちは遠路はるばる旅をしたのです。そのためには苦しみと忍耐に立ち向かう大決断を必要としました。

今夕はキャンドル・サービス(ろうそくの火による礼拝、サービスとは礼拝の意味です)が行われています。闇を照らす光としてこの世においでになったイエスさまを、わたしたちのうちに感謝と喜びをもってお迎えする礼拝です。

本当の喜びを味わうためには、必ず、苦しみと忍耐が伴います。

皆さんが教育実習、保育実習で本当の喜びを味わいたいならば、きっと苦しみと忍耐が必要になるに違いありません。それを避けることはできません。

本当のクリスマスを迎えるわたしたちに最も必要なことは、マザー・テレサの次の言葉に要約されます。

イエスさまが、わたしを愛してくださったように、
互いに愛し合いなさい。
イエスさまは、わたしたちのために、命をささげてくださいました。
それは、ちいさなことではありません。
ですから、わたしたちも、自分にとっていちばん大切なものを
差し出さなければなりません。

みなさん、クリスマスおめでとうございます!

(チャプレン主教 大西 修)

 

今年の表紙には、折り紙で作られた壁面作品が選ばれました。カードに記載された説明書きは以下の通りです。

✝ ✝ ✝

このクリスマスツリーは折り紙で作られています。「幼児教育の祖」と言われるフレーベルが教育に取り入れた折り紙を基本にして、園芸美化サークル(当時は総務課園芸ボランティア)のメンバーが工夫を凝らしました。本学院の創設者であるマーガレット・ヤング宣教師はこのフレーベルの教育方法を取り入れて保姆養成所と柳城幼稚園を開設し、キリスト教的な人間教育を母子に施すことを通して日本のために献身しました。このツリーは、その意思を光り輝かせるための作品でもあります。

16:30から1号館玄関ロビーにて、恒例の点灯式を行いました。

命の象徴であるツリーに「灯」を入れることで、クリスマスの意味を再確認しながら、イエス・キリストの誕生の恵みに対して感謝の祈りをささげました。

このツリー以外にも、学内では、クリスマス展がすでに開催されているし、クリスマスリースやアドベントカレンダー、折り紙クリスマスツリーなども飾られていて、ムードはすでにクリスマスを迎える準備に入っています。

さて、大西チャプレンからは、このツリーが、創世記に登場する「命の木」につながっているとのお話がありました。

場所はエデンの園。その中央に生える「命の木」と「善悪の知識の木」は特別な樹木です。「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。(創世記2:17)」という神の命令に違反したアダムとエバに対して、神は「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。(同3:22)」と判断して二人を園から追放します。

「永遠の命」はイエスが語る大切なテーマの一つです。なかなか実感できない言葉ですが、死が間近に迫る時には、かなり真剣に意識できるかもしれません。そんな時になって慌てないよう、日頃からイエスの言葉に耳を傾けておきたいですね。(加藤)

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3:16)

昨年採用された「この一年の写真」に引き続き、今年も中庭花壇の写真がクリスマスカードに選ばれました。カードに記された説明書きは以下の通りです。

✝ ✝ ✝

写真は、本学の総務課と学生ボランティアさんによって管理されている花壇です。昨年の入賞に引き続き、今年も日本園芸協会主催の全国ガーデニングコンテストで入選を果たしました。主に栄光! 「今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。(ルカ12:28)」 こう語るイエス・キリストは私たちに清貧を要求します。聖夜の意味をこういうところに感じるのも大切でしょうね。

12月19日(水)に行なわれた礼拝の模様をお届けします。

●前奏
「牧人ひつじを」…扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏

点火の祈り
「大いなる光を造られた主が、豊かな憐れみによってわたしたちの心の闇を照らし、喜びに目覚めさせてくださいますように。光の源である主の輝きによって、救いの光が世の隅々にまでゆきわたりますように。義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますように。」

●聖歌…第69番「もろびとこぞりて」
→司式者団が入場し、中央通路のロウソクが点火されます。

 

 

●ページェント…「キリスト教保育」受講生、有志学生
1 受胎告知
2 ベツレヘムへの旅
3 野の羊飼いと天使
4 み子の誕生と羊飼いの礼拝
5 占星術の博士たちの礼拝

→恒例のイエス・キリスト降誕劇。本日の礼拝の意味が伝えられる大切な時間です。

 

 

 

 

福音書…ヨハネによる福音書 1:1-5、14
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

●クリスマスメッセージ…チャプレン 主教 大西 修 →こちらでご覧ください。

●手話コーラス…介護福祉専攻学生
「大丈夫」「スマイル」

 

●ハンドベル演奏…扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏
「The Christmas Song」編曲:扶瀬 絵梨奈   
フルート独奏:小林 千織

 

●演奏…保育専攻学生
「Ave Verum Corpus」 (W.A. モーツァルト)
聖歌 第476番「暗闇行くときには」

 

聖歌…第76番「かいばおけの干し草に」
●奉献の祈り

●聖歌…第91番「荒野のはてに」
●聖歌…「おほしがひかる」
→聖歌の間にロウソクの火がすべて灯されます。

 

 

主の祈り(主イエス・キリストが教えてくださった祈り)

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧(かて)を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

●諸祈祷
・名古屋柳城短期大学のための祈り
・東日本大震災と熊本地震を受けて―祈りをともに
・アッシジの聖フランシスの祈り

主よ、
あなたの平和を人々にもたらす道具として、
わたしをお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
不当な扱いのあるところにはゆるしを、
分裂のあるところには一致を、
疑惑のあるところには信仰を、
誤っているところには真理を、
絶望のあるところには希望を、
暗闇には光を、
悲しみのあるところには喜びを、
もっていくことができますように。
慰められることを求めるよりは慰めることを、
理解されることよりは理解することを、
愛されることよりは愛することを、
求める心をお与えください。
私たちは自分に死ぬことによって自分を見いだし、
自分自身に死ぬことによって
永遠のいのちをいただくのですから。

祝祷
●聖歌…第81番「神には栄え」
→聖歌の間に司式者団が退場します。

 

後奏

弱き人々には癒しと励ましを与え、高ぶる者らには神の真理を伝えるために、イエス・キリストはこの世に生まれてくださいました。彼がもたらした福音は、今の世にあっても「闇に輝く光」です。礼拝中のロウソクの灯に込められた意味を、すべての柳城生と私たちスタッフ全員が心で感じ取って子どもたちや要介護者の方々にも伝えていけるよう、切に祈りたいと思います。(加藤)

イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」【ヨハネによる福音書8:12】

柳城キャンパスニュースもご覧ください】

少し早いですけれど、皆さんクリスマスおめでとうございます。

皆さんと共にこうしてクリスマスをお迎えできますことをとても嬉しく思います。

クリスマスは大きな喜びの嬉しい知らせ、良い知らせ、Goodnews(福音)が伝えられる時です。子供たちだけでなく、多くの人々にとって昨今のクリスマスは、11月初旬から巷に流れるクリスマスソングに始まり、クリスマスツリー、目を見張るばかりの華やかなイルミネーション、サンタクロースの到来、クリスマスセール、プレゼント、ケーキ、ディナーショー等々がその主役を務めているようです。本来これらのものは、クリスマスが大きな喜びの嬉しい知らせ、良い知らせであることを知った人々が、その喜びを表すために始めたものだったのでしょう。

さて、クリスマスは神さまの御子であるイエスさまが肉体をとって、人間としてこの世にお生まれになったことをお祝いする時です。では、なぜイエスさまはこの世においでくださったのでしょうか? なぜ薄暗く、じめじめした、糞尿の臭気漂う家畜小屋にお生まれになったのでしょうか? まさにその出来事の中に神さまの深く、計り知れない御計画が隠されているのです。

それは神さまの愛の働きであり、人間の思いをはるかに超えた想定外のことでした。人間が神さまになりたいという願望はあっても、神さまになることはできません。そこで神さまが人間となってこの世に来てくださり、人々に寄り添い、その思いを理解して助けてくださったのです。神さまは、そのような貧乏くじを引くことをイエスさまを通してなさいました。

イエスさまは貧しい人、苦しみ悩む人、病気の人、社会の中で弱い立場にある人と共に歩まれるお方です。徹底的にご自分を低くなさること(フィリピ2:6-11)によって、神さまの愛とは何であるかを人々にお示しになりました。イエスさまがこの世においでくださったのは、罪と悪とにがんじ絡めになっている人々と共に歩んでくださることを通して、人々をその悲惨な状況から解放してくださるためだったのです。

イエスさまは自らが傷つけられ、あざけられ、鞭うたれ、十字架につけられ、殺されることによって、神さまがどんなに深く、激しく、わたしたちを愛してくださっているかをお示しになりました。自らの死をさえ惜しまずに、他の人々を生かそうとする愛こそ、神さまの愛であり、わたしたちを本当の悔い改めへと誘う愛なのです。

クリスマスの出来事は他の人々を傷つけ、その痛みに気づくことに鈍感なわたしたちに、神さまが家畜小屋のイエスさまを通して、砕かれた心を持ち、悔い改めによる真実の愛に生きるよう呼び掛けておられます。自分には寛大でありながら、他の人に対しては、なかなか寛大な思いを持てないばかりでなく、多くの欠け(欠点)を持つわたしたちが、神さまの絶大な愛と赦しを信じることによって、はじめて、他の人を受け入れ、赦していくことが出来るように変えられていきます。

その意味で、クリスマスの出来事を、イエスさまがこの世に来られた家畜小屋でのお姿の中に見ることができます。ひょっとしたら見落としてしまいそうな、あるいは無視してしまいそうな人々のところに、そしてわたしたち一人ひとりの醜い、人に見せたくないそんなところに、イエスさまはそっと来られ、優しく寄り添って励まし支えてくださるのです。

ですから、クリスマスは、かけがえのない感謝と喜びにあふれた出来事としてわたしたちに迫ってくるのです。

今年のクリスマスが真実なクリスマスとして、あらゆる国々、人種、立場、性別、年齢の差などを越えてお祝いできますように、ご一緒に祈り求めていきましょう。(チャプレン 大西 修)

16:30から1号館事務室前で厳かに行われました。

裏番組で就職オリエンテーションが行われていたためか、参加人数は少なめでしたが、ロウソクの灯とツリーのイルミネーションとがとてもキレイで、人数のことなど、どうでもよしって感じ(^_^;) 

式中、クリスマスツリーに関して、大西チャプレンがステキなお話しをしてくださいました。

①ドイツでの話。
伝説によると、幼児を巨木のための生け贄(え)にしていた人々に向かって、キリスト教のある宣教師が「神は生け贄など必要としない。むしろ、神が私たちのために救い主である御子をくださったのだ。」というようなことを語ったのがツリーの起源だという。


・クリスマスツリーに用いる木は常緑樹。つまり「いつも緑色」だから「永遠の命」を表す。
・ロウソク(LED電球)は世を照らす光、イエス・キリストへの「信仰」の表現。
・てっぺんの星はベツレヘムの星、つまり、人々を幼子イエスの居場所に導いた「希望」の星
・赤いリンゴ(オーナメントボール)の赤色はイエス・キリストが十字架で流した血、つまり「」を表す。

お祈りの後はコーヒータイム。喜びを分かち合いました。
いつもながらの柳城らしい和やかで楽しい点灯式。
イエスも喜んでくれたでしょうね(^o^)/

【ルカによる福音書】
5:33 人々はイエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」
5:34 そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか。

12月20日(水)に行なわれた礼拝の模様をお届けします。

●前奏
「牧人ひつじを」…扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏

 

 

 

 

 

点火の祈り
「大いなる光を造られた主が、豊かな憐れみによってわたしたちの心の闇を照らし、喜びに目覚めさせてくださいますように。光の源である主の輝きによって、救いの光が世の隅々にまでゆきわたりますように。義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますように。」

 

 

 

 

 

 

●聖歌…第69番「もろびとこぞりて」
→司式者団が入場し、中央通路のロウソクが点火されます。

 

 

 

 

 

 

●ページェント…「キリスト教保育」受講生、有志学生
1 受胎告知
2 ベツレヘムへの旅
3 野の羊飼いと天使
4 み子の誕生と羊飼いの礼拝
5 占星術の博士たちの礼拝

→恒例のイエス・キリスト降誕劇。本日の礼拝の意味が伝えられる大切な時間です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音書…ヨハネによる福音書 1:1-5、14
●クリスマスメッセージ…チャプレン 主教 大西 修 →こちらでご覧ください。

●手話コーラス…介護福祉専攻学生、有志学生
「YUME 日和」「Smile」

 

 

 

 

 

 

●ハンドベル演奏…扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏
「いのちの奇跡」 編曲:扶瀬 絵梨奈

 

 

 

 

 

●演奏…保育専攻学生  伴奏: 内山 尚美
「Ave Verum Corpus」 (W.A. モーツァルト)
「Hail Holy Queen 」映画「天使にラブ・ソングを」から(Traditional)

 

 

 

 

 

聖歌…第76番「かいばおけの干し草に」
●奉献の祈り
●聖歌…第91番「荒野のはてに」
●聖歌…「おほしがひかる」
→聖歌の間にロウソクの火がすべて灯されます。

 

 

 

 

 

主の祈り(主イエス・キリストが教えてくださった祈り)

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧(かて)を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

 

 

 

 

 

●諸祈祷
・名古屋柳城短期大学のための祈り
・東日本大震災と熊本地震を受けて―祈りをともに
・アッシジの聖フランシスの祈り

主よ、
あなたの平和を人々にもたらす道具として、
わたしをお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
不当な扱いのあるところにはゆるしを、
分裂のあるところには一致を、
疑惑のあるところには信仰を、
誤っているところには真理を、
絶望のあるところには希望を、
暗闇には光を、
悲しみのあるところには喜びを、
もっていくことができますように。
慰められることを求めるよりは慰めることを、
理解されることよりは理解することを、
愛されることよりは愛することを、
求める心をお与えください。
私たちは自分に死ぬことによって自分を見いだし、
自分自身に死ぬことによって
永遠のいのちをいただくのですから。

 

 

 

 

 

 

祝祷
●聖歌…第81番「神には栄え」
→聖歌の間に司式者団が退場します。

 

 

 

 

 

後奏

この後、今年のクリスマスプレゼントが紹介されて、礼拝は無事終了となります。

 

 

 

 

 

 

いくつかの出し物に彩られた、すてきなクリスマス礼拝だったと思います。イエス・キリストご誕生の意味がすべての参加者の心に届く、そんな礼拝を求めて、柳城短大のチャレンジはこれからも続くことでしょう。(加藤)

「このようにあなたたちも、外側は人に正しいように見えながら、内側は偽善と不法で満ちている。」(マタイによる福音書23:28)

【入試広報課ブログもご覧ください】

【ヨハネによる福音書 1:1-5、14】

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

クリスマス~受けた愛に答える時

「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)

今年もクリスマスを迎えようとしています。柳城では早目の今日、お祝いしていますですが。

わたしの記憶に残っているだけでも、これまで60回を越えるクリスマスを経験してきました。それら一つ一つを思い出すことはできませんが、同じクリスマスは一度もなかったことだけは確かです。毎年毎年、違う思いをもってこの日を迎えてきました。

ことのほか、この日が待ち遠しくて、楽しくて、嬉しくて仕方がなかったのは小学生の時までだったでしょうか。サンタクロースからのプレゼントを、宝物のように大切にして過ごした日々がそれでした。

中学、高校時代は教会で日曜学校(教会学校)のお手伝いをしたり、新米の教師をしたりする中で、自分よりも小さな子たちにいっぱい楽しんでもらいたいという熱い思いに満たされ、クリスマスの喜びを共に分かち合うことの素晴らしさを学びました。

大学時代には教会から外に出て、現実の世界に目を向け、歳末の町でキャロルを歌い、クリスマスの案内を道行く人々に手渡したり、救世軍の慈善鍋に倣って募金活動をしたりしました。また、少年刑務所に行って、入所している人たちと一緒にクリスマスソングを歌うひと時を送ったこともありました。

神学校に学び、卒業後は教会の牧師として、また時には教会付属の幼稚園・保育園の園長として各地で迎えたクリスマスは、都市化し、世俗化し、人間関係が希薄化する中で、教会と関わりのある諸施設、学校、幼稚園、保育園でクリスマスをお祝いする意味、意義はどこにあるのだろうかと絶えず自問しつつ過ごす時でもありました。

よくクリスマスを「苦しみます」と言ったりしますが、自分でそのことを体験することも多くありました。満面の笑みを浮かべて登園して来る園児たちの姿を思い浮かべながら、園児たちにどんな喜びがあげられるだろうか?と思案しながら、夜遅くまで一人一人のプレゼントに名前とメッセージを書いて、包装したこと、夜明け前の園庭に出て、1m以上降り積もった雪かきをし、汗びっしょりになって通園路の確保に腐心したこと、野宿を余儀なくされている人々の越冬炊き出しのお手伝いや、夜回りに行ったこと、洪水、地震による多くの被災者の支援活動を進めていくため、オープンスペースを教会や保育園に開設したことなど、考えてみればこのような「苦しみます」と思える事柄と、クリスマスの出来事・主イエスの御降誕の情景が重なり合うとき、不思議に「苦しみます」と思える事柄がいつの間にか喜びへと変えられていく経験を何度もしました。神様はいついかなる時にも、どこにおいても一緒にいてくだり、見守り、支えてくださるお方です。

主イエスの御降誕は飼い葉桶の中に眠る幼子が、厳しい貧困の現実の只中で、ひたむきに生きる羊飼いたちに生きる喜びを与えました。この世界から全く孤立し、顧みられなかったような羊飼いたちが、天使の呼び掛ける歌声に答えることを通して生きる意味を見出したのです。

神によってこの世に遣わされた幼子は、貧しく、小さく、か弱い姿で、わたしたちに呼びかけてこられます。「あなたは愛されている。神から、そしてわたしから。あなたは与えられた大切な命を惜しみなく用いなさい。あなたの命はかけがえのない命、何ものにも代えがたい命なのだから」と。その声に耳を傾け、その声を聴き取り、それに答える人に、クリスマスの喜び、救い主キリストの到来の喜びが現実のものになるのです。

皆さん、クリスマスおめでとうございます。(チャプレン 大西 修 主教)

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