*
カテゴリー:クリスマス の記事一覧

2022年のクリスマスプレゼントは、ピンクが大変かわいいランチバッグです‼

愛知県セルプセンターの仲介で、愛知県長久手市にある、障害福祉サービス事業所 たかぎ作業所さんに製作していただきました。

以下、たかぎ作業所さんのホームページから一部引用しながら、同作業所をご紹介します。

「初代所長 髙木武士さんが、自宅に数名の障がい者を受け入れ、里親・職親として生活を共にし、縫製の作業を教え、地域に送り出していました。

1978年(昭和53年4月)、彼は土地と資金を提供し、当作業所を長久手の地に開所しました。
(1978年は本学の附属豊田幼稚園が開園した年)

「まわりの人々から愛され大切にされて、障がい者が地域の中で生活をおくることが大事」という、髙木武士さんが掲げた理念のもと、今日に至っています。

✝ ✝ ✝

ランチバッグには、柳城のモットーである「By Love Serve(愛をもって仕える)」の文字を刺繍してもらいました。このプレゼントが、障がい者に愛をもって仕えた高木武士さんを知る機会になるとともに、柳城に集う意味を考える良いチャンスになればいいなあ~と思います。(K)

【ヨハネによる福音書 第1章1節~9節】
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
1:6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。
1:7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
1:8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
1:9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

✝ ✝ ✝

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に成ったものは、命であった。この命は人の光であった。光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった。(ヨハネによる福音書1章1−5節)

今、この社会は物事が本当に早く進んでいるように思います。情報は文字通り、光の速さで私たちの周りを飛び交っています。私たちは、スマホやネットを使って、物事を早く終わらせるはずでした。ところが、私たちは前よりもずっと忙しくなっているように感じます。頭の中は、いつも「時間がない」、「忙しい」の言葉でいっぱいです。忙しくなると、失ってしまうものは何でしょうか。

失うものの中でもとりわけ大きいのは、周りの人との関わり合いです。忙しい、後で。時間がない、また今度。それは、もちろん保育の現場でも起きていることです。柳城の建学の精神は「愛によって仕える」です。しかし、忙しさの中で私たちはそこからどんどん離れているような気がします。

現代の私たちがイメージする「光」とは、速さであり、効率性かもしれません。しかし、今から、2000年前、この世界に、もう一つの光がもたらされました。それがイエス・キリストです。イエスは、悲しんでいる人を慰め、病気の人を癒し、飢えている人を満たし、貧しい人に希望をもたらす、光となっていきました。イエスによってもたらされた光は、決して速いものではありませんでした。イエスは、速さや力で世界を一気に変えることはありませんでした。むしろ、出会った人と、ゆっくりと関わっていきました。

今日、この点灯式で灯される光は、小さく、遅く、ゆっくりしたものかもしれません。でも、そのような光こそ、私たちが忘れている、人と人との関わりを思い出させてくれます。今日そのような光を灯し、私たちも、この社会の闇をゆっくりと照らし続ける光となれるよう、祈りたいと思います。 (チャプレン 相原太郎)

12/21(火)に体育館で行われた礼拝の模様をお届けします。

時間割の都合で昼休みを挟んでの開催となりましたが、例年同様にシンプルで美しい礼拝に仕上がったと思います。主に感謝です。

ただ、新型コロナウイルスの感染予防のため、学生さんの参加をクラスごとに2名までと制限した点は大変残念でした。

参加できなかった学生の皆さん。
本学からのクリスマスプレゼントで、少しだけでも心を癒してもらえませんか。

●前奏 奏楽: 三輪 雅美  准教授

●聖語

神はその独り子を賜ったほどに、この世を愛してくださった。それは、み子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネによる福音書3:16)

●初めの祈り

主よ、わたしたちの口を開いてください
わたしたちは、主の誉れを現します
栄光は父と子と聖霊に
初めのように、今も、世々に限りなく アーメン
主をほめたたえましょう
主のみ名をたたえます

●マリアの賛歌 ルカ 1:46-55

1 わたしの魂は主をあがめ|| わたしの霊は救い主である神を喜びたたえる
2 神はこの貧しい女にも|| 目を留められた
3 今から後、いつの世の人も|| わたしを幸いな女と呼ぶ
4 力ある方が|| わたしに偉大なみ業をなさったから
5 主のみ名は聖|| その憐れみは世々、主を敬い畏れる人に
6 主はみ腕の力を振るい|| 思い上がるものを打ち散らし
7 権力を振るう者をその座から下ろし|| 身分の低い人を引き上げ
8 飢えた人を良い物で満たし|| 富んでいる人をむなしく追い返される
9 神は父祖アブラハムとその子孫に|| 永遠に約束されたように
10 憐れみを忘れず|| 僕イスラエルを助けられた
栄光は|| 父と子と聖霊に
初めのように、今も|| 世々に限りなく アーメン

●聖書

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 (ルカによる福音書 2:8-16)

●クリスマスメッセージ:チャプレン 司祭 ヨハネ 相原太郎

サンタクロースのイメージの一つに、プレゼントを渡すために一軒一軒を訪ねるというものがあると思います。空を飛んで世界中の家に贈り物を届けるサンタ。しかし、そんなサンタさんが、わざわざ一軒一軒をたずねること。このようなサンタのイメージは、クリスマスの本来の物語につながるものだと思っています。

サンタクロースは、クリスマスイブの夜、全世界の家にプレゼントを配ります。魔法のようです。しかし、サンタさんは魔法を使って空から一気にプレゼントを配ることはありません。宅配便を使うこともしません。あるいは、自分のいるところに来なさいと、サンタがみんなを呼び集めることもありません。サンタクロースは自ら一軒一軒を探し出し、訪ね歩いてプレゼントを渡します。

そして大事なことは、サンタクロースは良い子のところだけ、世間的に評価されている人にだけ、プレゼントを持っていくのではないということです。というのも、サンタクロースのイメージ、原型、オリジナルは、聖ニコラスだからです。

聖ニコラスは、現在のトルコのミュラという町でキリスト教の指導者として活躍した人物です。彼の伝説の一つに、生活苦に陥っていた貧しい家族の子どもたちのことに心を痛め、夜、その家を訪ね、窓から布に包んだ金塊を投げ入れた、というものがあります。これが、現在のサンタクロースのイメージの元となっている伝説と言われています。

このように、サンタクロースは、世間的には見向きもされない人、価値の低いと思われている人、あるいは、良い子と思われない子どものことを知り、心を痛め、そして、出向いて行ってプレゼントを贈ること、それが本来のサンタクロースの姿でありましょう。どんなダメな子のところにも訪れる、むしろ、ダメな子と思われている子を探し出して、あなたは大切な存在なのだ、というしるしとして、贈り物をするというのが、サンタクロースの本質とも言えます。

先ほど、読まれました聖書は、羊飼いたちにイエス・キリストの誕生が知らされたという場面です。キリストの誕生が真っ先に神さまから知らされたのは、野宿をしていた羊飼いであったということです。羊の番をしている羊飼いと言いますと、のどかで優雅に暮らす人々というイメージを持つかもしれません。しかしながら、当時の羊飼いたちの暮らしはそういうことではなかったようです。

羊飼いたちは野宿をして羊の番をしていました。野宿とは文字通り外で寝ることです。つまり彼らは、現代風に言えば路上生活者です。実際彼らは、羊に餌を食べさせるため、常に牧草を求めて移動しなければならず、どこかに家を構えて定住することができませんでした。また、羊飼いは生き物の死体を扱うことにもなるため、汚れた存在とも見られていました。このようなことで、羊飼いたちは人々から見下され、諦めと自己否定、恐れと不安の中で過ごしていました。

しかし、救い主であるイエスが誕生したという喜びの知らせを、神さまが真っ先に知らせたのは、このような羊飼いたちでありました。人々から見下され、孤立し、辛く寂しい思いをしていた羊飼い。そんな羊飼いたちを神は自ら探し出し、喜びの知らせを告げたのでありました。

神の使いが近づくと、羊飼いたちは恐れました。羊飼いたちは、まさか、こんな自分たちのところに神の使いがわざわざ訪ねてくるはずがない、そんな輝かしい知らせが自分たちのところに来るはずがないと思いました。しかし、神の使いは羊飼いたちに「恐れるな」と語りかけます。それはすなわち、あなたたちはもう恐れないでいい、あなたたちのためにこそ救い主は生まれるのだ、神はあなたたちと共におられるのだ、ということを意味します。暗闇の中にあった羊飼いたちに、あなたたちはもう一人ではないと、神の使いは告げるわけです。

サンタクロースからのプレゼントも本来そのようなものであると思います。クリスマスの日、サンタクロースによってプレゼントが届けられたとき、その人は自分が一人ではないということを知らされます。自分のことを大切にしてくれる、愛してくれる人がどこかにいて、見守っていてくれる、そして、こんな私をわざわざ探し出して尋ねてくれる。そのことが、サンタさんからのクリスマス・プレゼントのエッセンスでありましょう。

今年1年も、私たちはコロナ禍に悩まされ、不安な日々を過ごしてきました。そして、今も、様々な不安、悲しみ、痛みを負って、孤独のうちに過ごされている方もいらっしゃると思います。そんな一人一人を神様は自ら探し出し、そして、あなたは一人ではないというメッセージを届けます。それがクリスマスの出来事です。皆様お一人お一人が、よいクリスマスの時を過ごされることをお祈りしております。

●聖歌 第81番「神には栄え」

●奉献の祈り

全能の父なる神よ、この信施を受け、主のみ業のために用いてください
すべてのものは主の賜物。わたしたちは主から受けて主にささげたのです アーメン

●点火の祈り

大いなる光を造られた主が、豊かな憐れみによってわたしたちの心の闇を照らし、喜びに目覚めさせてくださいますように
アーメン
光の源である主の輝きによって、救いの光が世の隅々にまでゆきわたりますように
アーメン
義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますよう
アーメン

●主の祈り

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。 アーメン 

●降誕日特祷

全能の神よ、み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。主が来られるとき、主にふさわしいみ住まいを、常にわたしたちのうちに備えることができますように、父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられる主イエス・キリストによってお願いいたします。
アーメン

●平安のため

すべての聖なる望み、良い思い、正しい業のもとである神よ、この世の与え得ない平安をわたしたちにお与えください。わたしたちがみ心にすべてをゆだね、み力によりあだを恐れず、安らかに日々を過ごすことができますように、救い主イエス・キリストのいさおによってお願いいたします。
アーメン

●諸祈祷

名古屋柳城女子大学・名古屋柳城短期大学のために祈りましょう
全能の神よ、わたしたちはただ主の賜物によってまことの知恵を得ることができます。どうか、み名によって建てられた名古屋柳城女子大学・名古屋柳城短期大学に恵みを下し、教える者と学ぶ者を祝福して、共に知識を深め、主の真理を悟り、愛をもって互いに仕え、謙遜な心で唯一の神を仰ぐことができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします アーメン

新型コロナウイルスや東日本大震災の自然災害によって被害に遭われた方々を思い、ともに祈りましょう
慈しみ深い神よ、新型コロナウイルスや相次ぐ自然災害によって命を失った人々のために祈ります。どうか彼らがあなたの御手の中で安らかに憩うことができますように。家族を失った人々に主の慰めが与えられますように。また、今もなお苦しみ、不安の中にある人々に、勇気と希望をお与えください。そして、わたしたちも、この人々のことをいつも思い出し、助け合う心を持つことができますように。主イエス・キリストによってお願いいたします アーメン

●祝祷

●聖歌 第74番「きよしこの夜」

●後奏

今年はかなり気合の入った(?)品になりました。

ロザリオです。

カトリック教会ではよく見かけるもので、柳城が属している聖公会でもアングリカン・ロザリオという形式のものが使われています。今回は、このアングリカンの方を手作りしてみました。

依頼先は、いつもお世話になっている愛知県セルプセンターさんで、そこが新規で立ち上げた「あいセルプ支援センター(就労継続支援B型事業所)」に通う方々にハンドメイドで1本ずつ丁寧にこしらえていただいたのです。

セルプさんもロザリオを作るのは初めての経験だったので、私と何度も事前打ち合わせを重ねました。

市販されているものを参考にしながら、ビーズの色、光沢、そして大きさを合わせていきました。要になる十字架のパーツもいつくか取り寄せてもらいました。

手に入る各パーツの種類には限りがあったにもかかわれず、手作りというレベルでは想像以上の出来栄えだったと、私は心から感謝感激しています。

なお、ロザリオに添えられているのは、愛知セルプセンターさんの紹介文とロザリオの使い方を示した説明文です。ロザリオについては札幌キリスト教会(日本聖公会北海道教区主教座聖堂)さんのHPから引用しました(快くご承諾いただき、ありがとうございました)。」

クリスマス礼拝2020

カテゴリー:礼拝

12/15(火)にチャペルで行われた礼拝の模様をお届けします。

新型コロナウイルスの感染者が全国的に急増する中、学生さんへの感染を未然に防ぐために、今回の礼拝は教職員だけで執り行うこととしました。

●前奏 奏楽:長井典子 講師

●聖語

神はその独り子を賜ったほどに、この世を愛してくださった。それは、み子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネによる福音書3:16)

●初めの祈り

主よ、わたしたちの口を開いてください
わたしたちは、主の誉れを現します
栄光は父と子と聖霊に
初めのように、今も、世々に限りなく アーメン
主をほめたたえましょう
主のみ名をたたえます

●マリアの賛歌 ルカ 1:46-55

1 わたしの魂は主をあがめ|| わたしの霊は救い主である神を喜びたたえる
2 神はこの貧しい女にも|| 目を留められた
3 今から後、いつの世の人も|| わたしを幸いな女と呼ぶ
4 力ある方が|| わたしに偉大なみ業をなさったから
5 主のみ名は聖|| その憐れみは世々、主を敬い畏れる人に
6 主はみ腕の力を振るい|| 思い上がるものを打ち散らし
7 権力を振るう者をその座から下ろし|| 身分の低い人を引き上げ
8 飢えた人を良い物で満たし|| 富んでいる人をむなしく追い返される
9 神は父祖アブラハムとその子孫に|| 永遠に約束されたように
10 憐れみを忘れず|| 僕イスラエルを助けられた
栄光は|| 父と子と聖霊に
初めのように、今も|| 世々に限りなく アーメン

●聖書

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 (ルカによる福音書 2:8-16)

●クリスマスメッセージ:チャプレン 司祭 ヨセフ 下原太介

今年は新型コロナウイルスに苦しめられた一年でした。何が最善の対策なのか、誰にも正解が分からず、ただひたすら目先の対処療法を信じて突き進んでいると言ってよいでしょう。その結果、人類は人との関係性を断ち切って生きるという、前代未聞の生き方を選択せざるを得なくなったのです。

仮に、この私たちの今の混乱ぶりが歴史に刻まれて、それを100年後、1,000年後に評価されたとしたならば、きっと未来の人々は私たちの無知ぶりに驚くことでしょう。それは当たり前のことで、その未来には新型コロナウイルスに対する膨大な知識がきっと普及しているからです。

そのような見方でイエス・キリストが生まれた2000年前について考えてみると似たような状況に気づきます。すでに「未来人」である私たちには福音書があるので、イエスが神であることや十字架の救いの意味については正確に把握できています。でも、2000年前当時のイエスを知る人々は彼のことについて完全に無知でした。それはイエスの両親でさえも同じでした。せいぜいのところイエスを預言者とか政治の指導者と思った程度で、中には悪魔のリーダーといった全くの誤解をする者も大勢いたのです。

さて柳城においてイエスへの信仰を持つ人は多くはないのが現状ですが、コロナウイルスに対するのとは大きく異なり、イエスに対する知恵という点では確立されたものを柳城は備えています。たとえ信仰は持っていなくても「イエスについて正確に知ることができる」という状況下に私たちが置かれていることが、まさに神からの大きなプレゼント、恵みなのです。

今日のクリスマス礼拝を、この恵みを感じる時にしたいと思います。(要約:加藤)

●聖歌 第81番「神には栄え」

●奉献の祈り

全能の父なる神よ、この信施を受け、主のみ業のために用いてください
すべてのものは主の賜物。わたしたちは主から受けて主にささげたのです アーメン

●点火の祈り

大いなる光を造られた主が、豊かな憐れみによってわたしたちの心の闇を照らし、喜びに目覚めさせてくださいますように
アーメン
光の源である主の輝きによって、救いの光が世の隅々にまでゆきわたりますように
アーメン
義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますよう
アーメン

●主の祈り

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。 アーメン 

●降誕日特祷

全能の神よ、み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。主が来られるとき、主にふさわしいみ住まいを、常にわたしたちのうちに備えることができますように、父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられる主イエス・キリストによってお願いいたします。
アーメン

●平安のため

すべての聖なる望み、良い思い、正しい業のもとである神よ、この世の与え得ない平安をわたしたちにお与えください。わたしたちがみ心にすべてをゆだね、み力によりあだを恐れず、安らかに日々を過ごすことができますように、救い主イエス・キリストのいさおによってお願いいたします。
アーメン

●諸祈祷

名古屋柳城女子大学・名古屋柳城短期大学のために祈りましょう
全能の神よ、わたしたちはただ主の賜物によってまことの知恵を得ることができます。どうか、み名によって建てられた名古屋柳城女子大学・名古屋柳城短期大学に恵みを下し、教える者と学ぶ者を祝福して、共に知識を深め、主の真理を悟り、愛をもって互いに仕え、謙遜な心で唯一の神を仰ぐことができるようにしてください。主イエス・キリストによってお願いいたします アーメン

新型コロナウイルスや東日本大震災の自然災害によって被害に遭われた方々を思い、ともに祈りましょう
慈しみ深い神よ、新型コロナウイルスや相次ぐ自然災害によって命を失った人々のために祈ります。どうか彼らがあなたの御手の中で安らかに憩うことができますように。家族を失った人々に主の慰めが与えられますように。また、今もなお苦しみ、不安の中にある人々に、勇気と希望をお与えください。そして、わたしたちも、この人々のことをいつも思い出し、助け合う心を持つことができますように。主イエス・キリストによってお願いいたします アーメン

●祝祷

●聖歌 第74番「きよしこの夜」

●後奏

 

今年も清らかな時間が守れました。
神に感謝ですね。

いつもながらの(笑)小さな点灯式です。
それがさらに新型コロナウイルスの影響もあって、今回は教職員だけの集まりとなってしまいました。

こういうタイミングですから、相原チャプレンの「今風の華やかなクリスマスの雰囲気とはまるで違って、イエスは貧しい小さな光の中で誕生した」という内容の点灯式メッセージが心に響きます。

「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカ2:6-7)」

イエスの誕生を記す福音書の記事は極めて簡素ですが、でも、キリスト教の立ち位置というか真髄、原点はこの文章に集約されています。

弱い人の方へ、貧しい人の方へ、悲しむ人の方へ、キリスト教信仰のエネルギーは流れ続けるのです。

その流れが収まった時、つまり、全人類が平和に満たされて平等感を分かち合える時にこそ「神の国(=神が支配する国)」が実現するのでしょう。

先ずはこの小さな柳城からスタートさせたいものです。
そのような平安な組織の完成を目指して。(K)

「 平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。(マタイ5:9)

12月18日(火)に行なわれた礼拝の模様をお届けします。

●前奏:扶瀬ゼミ学生によるハンドベル演奏「牧人ひつじを」

 

●点火の祈り
「義の太陽であるキリストが皆さんを照らし、行く道の闇を取り除いてくださいますように。」

 
 

●聖歌  第69番「もろびとこぞりて」

●ページェント:柴田ゼミ学生、「キリスト教保育」受講生

1 受胎告知
2 ベツレヘムへの旅
3 野の羊飼いと天使
4 み子の誕生と羊飼いの礼拝
5 占星術の博士たちの礼拝

 
 
 
 
 
 

●福音書【ヨハネによる福音書 1:1-5、14】
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

 

●クリスマスメッセージ:チャプレン 主教 大西 修
こちらでご覧ください】

●ハンドベルによる演奏:扶瀬ゼミ学生
「いのちの奇跡」
フルート:中西 美月 マリンバ:広瀬 美月 編曲:扶瀬 絵梨奈

 

●聖歌 第76番「かいばおけの干し草に」

●奉献の祈り

●聖歌 第91番「荒野のはてに」

●聖歌「おほしがひかる」

 

●主の祈り(起立のまま)
天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧(かて)を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、
悪からお救いください。
国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

●諸祈祷(起立のまま)

・名古屋柳城短期大学のための祈り
・東日本大震災と熊本地震を受けて―祈りをともに
・アッシジの聖フランシスの祈り
あなたの平和を人々にもたらす道具として、
わたしをお使いください。
憎(にく)しみのあるところに愛を、
不当な扱いのあるところにはゆるしを、
分裂のあるところには一致を、
疑惑のあるところには信仰を、
誤っているところには真理を、
絶望のあるところには希望を、
暗闇(くらやみ)には光を、
悲しみのあるところには喜びを、
もっていくことができますように。
慰(なぐさ)められることを求めるよりは慰めることを、
理解されることよりは理解することを、
愛されることよりは愛することを、
求める心をお与えください。
私たちは自分に死ぬことによって自分を見いだし、
自分自身に死ぬことによって
永遠のいのちをいただくのですから。

●祝祷

●特別活動奨励奨学生・課外活動団体の表彰式(一同着席)

●聖歌 第81番「神には栄え」

●後奏

 

✝ ✝ ✝

福音書を読めば分かる通り、イエス・キリストは約3年間の宣教活動を通して、人類にまことの愛を教えてくださいました。だから、クリスマスはその愛を一年で一番熱心にチャレンジする日ではないでしょうか。たとえイエスを知らなくても、この日に何らかの愛が実践できれば、クリスマスの意味は理解できていることになります。

その意味で、礼拝案内でも紹介した次の言葉は、たいへん参考になるでしょう。

『クリスマスがやってくるといつも思うんですが、神の名と起源に畏敬の念をいただくことは置いといても、クリスマスはクリスマスなりにいいものだと思うんですよ。親切になり、許しあえ、慈悲ぶかく、楽しいときでしょう。』

今年も11月の初旬から町のあちこちにイルミネーションが輝き始め、年の瀬の1大イベントとしてのクリスマスを迎えようとしています。

神のみ子である救い主イエスさまが全人類の救いのために、人間の姿をとってこの世にお生まれになった御降誕(クリスマス)の出来事を、心からの感謝と喜びをもってお祝いし、また再び来られる救い主イエスさまを、祈りのうちに待ち望む備えの時として、降臨節(アドベント12月1日から24日まで)を過ごしています。

そんな中でふと考えることがあります。クリスマスって一体何なの、一体どこにあるのだろうかと。心の目をしっかり見開いて、静まって見つめないとクリスマスが見えてこないのではないかと思います。ひょっとしたらキリスト教の精神を掲げているわたしたちの学院においても、クリスマスを祝う意味が薄らぎつつあるのではないか、そんな不信仰ともいえる思いが脳裏をかすめるのです。自己満足に陥り、自分だけのしあわせを追い求め、今年もクリスマスを当たり前のことのように迎えようとしている、そんな生き方でいいのかと、今わたしたちに問われているのではないでしょうか。

東日本大震災からやがて9年を迎えようとしている今この時にもなお、寒さの中で多くの不安を抱きつつ、厳しい生活を余儀なくされているたくさんの被災された人々に思いを馳せる時、そのような人々の中にこそ、本当のクリスマスが目に見えないけれども確かにやって来ているのではないかと思うのです。なぜなら人間には想像も出来ないような方法・手段をもって、人類の歴史に働きかけてこられる神が、インマヌエル(神は我々と共におられる)と呼ばれるイエスさまをキリスト(救い主)としてこの世にお遣わしになったからです。

なぜ、イエスさまは臭気漂う、薄暗く、むさ苦しい家畜小屋にお生まれになったのでしょうか。イエスさまは、路上に過ごす人々や、避難所や仮設住宅で生活する人々、孤独な人、痛み、苦しみ、数々の悩みや病いの中にある人々、愛に飢え渇いている人々、家庭内暴力に脅えている子供や婦人たちと共におられ、一緒に歩まれるお方だからです。

飼い葉おけに寝かされている乳飲み子の姿の中に、神がどれほど深く人類を愛しておられるかを窺い知ることができます。神が人となられてこの世に来られ、人には見えにくい影の部分に愛をもって入ってこられ、人と同じ生き方をなさるためにおいでになったのです。

ルカによる福音書では、最初に、救い主誕生の知らせが野宿して羊の番をしていた羊飼いに伝えられました。これは、大変意味深いことです。

その当時、羊飼いは貧しく、卑しい身分の者とされていました。ローマ帝国の圧政下にあって、苦悩の中にあえぐ人々を象徴するような存在でした。救い主誕生の知らせは身分の高い王侯貴族などにではなく、低い身分に追いやられ、差別され、弱い立場にある人々に伝えられ、その人々のために救い主が来られたことを教えているのです。

マタイによる福音書には、闇を照らす光として来られたイエスさまをキリスト(救い主)と信じ、東方の国から遠路はるばるベツレヘムにやって来た占星術の学者たちの話があります。

ところで、クリスマスの話は夜(闇)と深い関わりがあります。イエスさまが夜半に生まれたかどうかは定かではありませんが、イエスさまの到来が闇との関わりの中で受けとめられていることは確かです。ヨハネによる福音書はイエスさまを人間を照らす光とし、「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」と記しています。

闇の中に生きる人間にとって、イエスさまこそ光であり、人類の闇を照らす光そのものなのです。闇とは人々の心の闇、人生の悲哀、貧しさ、病気、孤独、罪のしがらみ、不正な社会における差別の現実などを指します。イエスさまが来られたのは、そのような闇の現実に光を当て、白日のもとにさらすことによって、闇を退け、闇から人々を解放するためでした。

その光であるイエスさまにお会いするため、羊飼いたちは家畜小屋へと急ぎ、占星術の学者たちは遠路はるばる旅をしたのです。そのためには苦しみと忍耐に立ち向かう大決断を必要としました。

今夕はキャンドル・サービス(ろうそくの火による礼拝、サービスとは礼拝の意味です)が行われています。闇を照らす光としてこの世においでになったイエスさまを、わたしたちのうちに感謝と喜びをもってお迎えする礼拝です。

本当の喜びを味わうためには、必ず、苦しみと忍耐が伴います。

皆さんが教育実習、保育実習で本当の喜びを味わいたいならば、きっと苦しみと忍耐が必要になるに違いありません。それを避けることはできません。

本当のクリスマスを迎えるわたしたちに最も必要なことは、マザー・テレサの次の言葉に要約されます。

イエスさまが、わたしを愛してくださったように、
互いに愛し合いなさい。
イエスさまは、わたしたちのために、命をささげてくださいました。
それは、ちいさなことではありません。
ですから、わたしたちも、自分にとっていちばん大切なものを
差し出さなければなりません。

みなさん、クリスマスおめでとうございます!

(チャプレン主教 大西 修)

 

このページの先頭へ