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始業礼拝 2018/3/23「年間標語について』

カテゴリー:年間聖句 大学礼拝


 

 

 

 

 

2018年度 年間標語:「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書13章34節)

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柳城の建学の精神は「愛によって互いに仕えなさい」ガラテヤの信徒への手紙5章13節)という聖書のみ言葉にあります。皆さんは入学以来何回もこのみ言葉を聞いてきたことでしょう。このみ言葉の背景には、今年度の年間標語であるイエスさまが言われた「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネによる福音書13章34節)があります。

この言葉はイエスさまが十字架の死を目前にして、弟子たちに言われた遺言です。

キリスト教の教会では来週1週間(25日の日曜日から31日まで)を受難週と呼び、1年の中で最も厳粛で大切な日々を守ります。イエスさまがエルサレムの都に入られ、弟子たちと木曜日に最後の晩餐(夕食)をされ、その夜、ユダの裏切りによって捕らえられ、その翌日の金曜日には裁判で死刑の判決を受け、自分がはりつけになる十字架を背負って、ゴルゴダの丘へと歩まれました。そして午後3時頃、十字架の上で息を引き取られました。

けれども、父である神さまは3日目(日曜日)の朝早く、イエスさまを復活させられました。これが復活日(イースター)の出来事です。イエスさまの復活の出来事からキリスト教が生まれたのです。

キリスト教は愛の宗教であると言われます。それは、イエス・キリストが2000年前、この世のご生涯の中で、神の愛を目に見える形で、はっきりお示しになったからです。何の罪もないお方が罪ある人の身代わりになって、その罪を背負って死んでくださり、罪を滅ぼしてくださいました。これが十字架の出来事です。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15:13)と言われたイエスさまは、そのお言葉どおりの生き方を十字架の上で実現されました。イエスさまの死は、罪を滅ぼす神さまの愛、罪ある人をお赦しになる神さまの愛そのものであり、イエスさまの復活(よみがえり)は神さまの愛の勝利であり、死が終わりではなく、希望をもって新しく生きる命の出発点となりました。

わたしたちはとてもイエスさまのようには生きられませんが、その生き方をしっかり見つめる時、わたしたちが日々出会う人々に対して、どのような関わり方をしていけばよいかがわかってきます。本当に愛していこうとすれば、そこには痛みや苦しみを伴う多くの赦しが必要となってきます。痛みや苦しみを伴う赦しを通して、愛することの本当の意味、素晴らしさがわかってきます。また愛されていることの中には、愛してくれる人の、目に見えない痛みや苦しみを伴った赦しがあることに気づかされます。

2年生の新学期を迎える今、同学年の友人たち、そしてまた入学してくる新入生とともに希望をもって、イエスさまが示してくださった愛の実現(人を赦し、受け入れること)を目指して、豊かな学び舎での日々を送ってください。(チャプレン主教大西 修)

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