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大学礼拝「自分らしく生きる私たち」2019/11/5

カテゴリー:大学礼拝

【マルコによる福音書1章16節より】
1:16 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。
1:17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
1:18 二人はすぐに網を捨てて従った。
1:19 また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、
1:20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

始める前に、今回の「黙想と祈りの集い」が生まれた経緯がスライドを使って説明されました(こちらがその参考になります)。

「祈り」の中身については次のファイルをご参照ください。
025R【導かれる】人間をとる漁師にしよう

また、礼拝後に簡単なアンケートを実施しました。その中で「ちょっとあやしい」と感じたという回答もありましたが(決して怪しくはありません‼ 念のため(笑))、次のように、今日の礼拝の意義をしっかりと理解した学生さんもいたことをご紹介しておきます。
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「私の天職は愛」、「自分自身を甘やかしておきながら、子どもたちを教え導こうなどという傲慢さは、子どもたちに対して失礼」「子どもたちに対して恥ずかしくない人生を歩むための努力」という言葉がとても心に残りました。最近、中だるみで寝坊が多かったので、今日の礼拝を機に心新たに頑張るつもりです。
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主に感謝。

 

 

 

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