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大学礼拝「飼い葉桶に寝かせた」2020/12/17

カテゴリー:大学礼拝

【ルカによる福音書第2章1-7節】
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。

これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。
人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。
ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。
ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、
初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

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 このルカによる福音書のイエスの誕生の場面には、現代のようなクリスマスのイルミネーションも豪華なご馳走もありません。それどころか、彼らには寝泊まりする場所すらありませんでした。
旅先のベツレヘムで、家畜と一緒にいる部屋で、マリアはイエスを出産します。「飼い葉桶に寝かせた」と書かれています。
その飼い葉桶ですが、飼い葉桶と言うと、木製の可愛らしいものを想像するかもしれません。しかし、当時のパレスチナ地方の飼い葉桶は、桶と言っても木製ではなく、石をくり抜いて作られたものが一般的だったそうです。生まれたばかりの神の子イエスが最初に置かれた場所は、豪華な部屋の、ふかふかのベビーベッドはありませんでした。
この世に生まれ出た神の子であるイエスには、泊まる場所すらありませんでした。しかも、イエスが寝かされたのは、石でできた飼い葉桶、冷たい石の上であったかもしれません。このように、誕生のときから、徹底して無力な姿で私たちの間に宿られ、この社会にまともな居場所も与えられず、冷たく拒絶されていたわけです。

その出来事から30年後、イエスは、ローマ帝国の片隅のガリラヤ地方で、この世での居場所が奪われた人達と共に悲しみ、共に喜び、また病気を癒やしたりする働きを行います。そして、その行動ゆえに、首都エルサレムで、ローマ帝国とその傀儡政権によって十字架で処刑され、当時の社会から抹殺されることになります。
そして、イエスが十字架から降ろされて、葬られることになる場所もまた、処刑場から近い、暗い洞窟の中の石の上でありました。

つまり、イエスは、その生涯の最初から最後まで、この社会で居場所を与えられることはありませんでした。そして、その初めも、そしてまたその最後も、全くの無力な状態とされ、硬く冷たい石の上に寝かされたのでした。
神の子イエスは、冷たい石の上で、無力な姿でこの地上で肉体をとり、最後にまた、石の上で、無力なままに埋葬されます。しかし、それゆえにこそ、再び神によって新しい命へと起こされ、イエスの弟子たちに現れ、希望を告げ知らせるのでした。
この逆説的な出来事こそ、この社会で居場所のない人たち、無力とされ、生きがいを失った人たち、そしてすべての命にとって、本物の、生きる希望となるわけです。

クリスマスとは、このように、それまでの世界の常識がひっくりかえるような形で、神の救いが開始される、そのことを記念する日です。新しい希望が見いだされる日、それがクリスマスです。
もうすぐクリスマスです。皆様一人ひとりの中に、そんな希望の喜びが訪れることをお祈りいたします。


伐採前の樹木

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