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カテゴリー:礼拝記録 の記事一覧

【マタイによる福音書第1章18‐21節】
イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。
マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

✝ ✝ ✝

 ヨセフとマリアは婚約していました。ところが、結婚前に、マリアに子どもができます。しかも、結婚前にヨセフとマリアは関係を持っていませんでした。ヨセフにとっては大変なショックでありましょう。ヨセフから見れば、婚約者ではない、誰か別の人とマリアが関係を持ち、その人との子どもが、婚約者であるマリアのお腹の中にいるわけです。裏切られたと思ったことでありましょう。
しかし、ヨセフとしては、まずもって心配になったのは、マリアの命です。マリアのお腹にいる子どもが婚外子であることが表沙汰になれば、マリアは律法に違反した者として、晒し者になって、石打ちの刑に処せられるかもしれません。結婚相手の愛するマリアがそのようなことになることは耐え難い苦痛に他なりません。また、仮に処刑されなかったとしても、母子ともに、これからずっと様々な差別を受けることになります。
また、ヨセフは、マリアのお腹にいる子の、自分ではない本当の父親について思い巡らします。他人の子どもを自分の子どもすることは、その人の父親としての権利を奪うことにもなってしまいます。そこで、ヨセフは、マリアが恥をかくことがないように、内密にマリアとの婚約関係を解消し、その本当の父親とマリアが結婚することを望んだようです。
しかし、聖書によれば、マリアは聖霊によってみごもったのであり、ヨセフも天使によって、そのことを知らされます。天使はヨセフに言います。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
この言葉を聞いたヨセフは、すべてを受け入れるのでした。
それから、イエスが生まれるに至るまで、マリアもヨセフも、世間から白い目で見られていたかもしれません。当時としては、世間的、この世的、常識的に考えれば、マイナスだらけ、傷だらけのカップルだったかもしれません。しかしながら、マリアもヨセフも、神が自分たちと共におられることを信じ、そして「恐れるな」と神から告げられたことに寄り頼んで、そうした周りからの目をはねのけるようにして、ついに男の子を出産し、その子にイエスと名付けました。
このように、クリスマスとは、世間から見放されたり、傷つけられたり、白い目で見られたりする、そのような人々の中で、救い主が生まれる、という出来事です。マイナスだらけ、傷だらけに見えるものの中に神の恵みがあるという、この世の常識を突破する出来事です。
クリスマスがまもなくやってきます。今、傷つけられたり、人から見放されたりしている人々に、そして今、ここにいる私たちに、天使が告げたように、「恐れるな」と、神様が勇気づけられておられることを覚え、クリスマスを待ち望みたいと思います。
(チャプレン 相原太郎)


押し花

【マタイによる福音書第1章19節】
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。

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今年も清らかな時間が守れました。
神に感謝ですね。

いつもながらの(笑)小さな点灯式です。
それがさらに新型コロナウイルスの影響もあって、今回は教職員だけの集まりとなってしまいました。

こういうタイミングですから、相原チャプレンの「今風の華やかなクリスマスの雰囲気とはまるで違って、イエスは貧しい小さな光の中で誕生した」という内容の点灯式メッセージが心に響きます。

「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカ2:6-7)」

イエスの誕生を記す福音書の記事は極めて簡素ですが、でも、キリスト教の立ち位置というか真髄、原点はこの文章に集約されています。

弱い人の方へ、貧しい人の方へ、悲しむ人の方へ、キリスト教信仰のエネルギーは流れ続けるのです。

その流れが収まった時、つまり、全人類が平和に満たされて平等感を分かち合える時にこそ「神の国(=神が支配する国)」が実現するのでしょう。

先ずはこの小さな柳城からスタートさせたいものです。
そのような平安な組織の完成を目指して。(K)

「 平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。(マタイ5:9)

【ルカによる福音書1章39-42節】
そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、
声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。

✝ ✝ ✝

 マリアとエリサベトという二人の人物が登場します。子ども宿している二人の女性が会って、喜びを分かち合った、というものです。マリアとエリサベトが子どもを宿したことを分かち合う喜びは、極めて特別なもの、特殊な事情があってのことでした。
まずはイエスの母、マリアです。マリアには、ヨセフという、いいなづけがいました。しかし、妊娠が判明したのは結婚する前で、ヨセフとは関係を持っていませんでした。結婚する前に、婚約相手ではない男性との間で子どもを宿す、ということは、あってはならないことでした。マリアが神によって身ごもったということを、当時、誰も信じるはずがありません。夫となるヨセフもそうでした。このことが明るみに出れば、石打の刑になります。幸せな結婚生活を楽しみにしていたマリアはどん底に突き落とされます。
仮に処刑されなくても、ヨセフと離縁してシングルマザーとなることは、当時の社会においては、厳しい生活を送ることを意味します。さらに、この地域は当時、ローマ帝国に支配されていました。その中で、少なくない女性たちが、ローマ兵の性暴力の被害に遭ったとみられています。性暴力は、今以上に、被害女性とその子どもに対して差別の目が向けられ、マリアとその子どもも、そのように見られて侮辱される可能性が多分にありました。
このように、イエスの母マリアは、大変な不安と怖れ、緊張、苦悩の中に置かれていたわけです。そこで、マリアは一人で旅に出るのでした。当時、このような形で女性が一人で旅をすること自体、異常な逸脱行為でありました。マリアの苦悩の大きさをうかがい知ることができます。
そのようにしてたどり着いたのが、山里でひっそりと暮らすエリサベトでした。
エリサベトはこの時、子ども宿していましたが、それまで子どもがなく、高齢を迎えていました。当時のユダヤ社会では、子どもを産まないと、その女性はもちろんのこと、彼女を産み育てた家までも、厳しく非難されていました。そのような状況の中で、長い間エリサベトは辛い生活を送ってきました。
結婚前にいいなづけの男性との関係を持たないまま子を宿したマリア、そして高齢になって子を宿したエリサベト。この二人の女性が山里の家で出会い、お互いの苦悩と喜びを分かち合います。そして、そのような厳しい状況の中でも、神からの呼びかけを聴き、自分たちは、たしかに生きていていいのだ、ということを確認し合うのでした。これこそが、二人の女性の特別な喜びであったわけです。
まもなくやってくるクリスマスの喜びとは、このように、世間から侮辱されている人、辛い思いを強いられている人々に、あなたたちは確かに生きていていいのだ、あなたの人生はどんなことがあろうと神から祝福されているのだ、かけがえのない存在なのだ、ということが明らかにされる出来事です。

このクリスマスのときが、皆様一人ひとりにとりまして、喜びの時となりますことを、お祈りしております。
(チャプレン 相原太郎)


最後のミッション?

【マルコによる福音書 10章13‐16節】
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。
しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。
はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」
そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

✝ ✝ ✝

神さまはおっしゃる、わたしはちびっ子どもがすきだ
みんなもあのようになってほしい
ちびっ子のようになれないおとなは、大きらいだ
わたしの国には子どもしかはいってもらいたくない
子どもといっても、からだの曲がったのやら、しわのよったのやら、白いひげのはえたのやら、いろいろいるが、子どもには変わりない
わたしが子どもがすきなのはわたしの似姿がまだ曇っていないからだ
それを台なしにせず、新鮮に純粋にしみもなく、きずもなく保っているからだ
だからかれらにやさしくよりかかればかれらの中にわたしの姿が見えるのだ…
わたしが子どもがすきなのは、かれらがまだ、もだえながら罪をおかしているからだ
かれらがそれを知りつつ正直に告白し、もうおかすまいと、いっしょうけんめいに努力しているからだ
M・クォースト「ちびっ子どもが好き」より  (『神に聴くすべを知っているなら』所収)

この詩の背景に、二つの聖書の箇所が浮かんでくる。一つは、「創世記」1章27節の「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された」という箇所であり、もう一つは今日朗読した「マルコによる福音書」10章13~16である。
もっとも、この詩では、文字通りの子どもだけでなく、大人も含まれている。

授業で、大人と子どものさかいについてよく尋ねることがある。学生は18歳と20歳に分かれるが、少数の学生は年齢では区切れないと回答する。たしかに大人とこどもの境界は明確に区切れないようにも思われる。ある作家が、ひとと言うのは、その中心部分に子どもがあり、その周りに、ちょうど樹木の年輪のように、大人の部分が増えていく、とたとえているが、わたしのイメージもそれに近いものがある。

来年は東日本大震災から10年目になるが、柳城は、数年にわたり、夏休みごとに東日本大震災の被災地ボランティア活動を行った。
ある年のプログラムは、福島県の仮設住宅の子どもたちと夏休みの何日かを過ごすというものであった。その年の子どもたちは仮設住宅での長期的生活でストレスがたまっていた。全国からボランティアの申し入れがあり、そのなかには有名な音楽グループの演奏会などもあったりした。ただ、子どもたちはストレスがたまっているためか、その演奏に集中して聞けずに、騒ぎ始め、演奏している人びとが怒ってしまったという話も伺った。わたしたちが福島入りをしたのはその直後であった。子どもたちの心が不安定だとも聞かされた。うちの学生はどうするだろうかと心配しつつ見守っていた。しかしその心配は、柳城の学生が関わってからしばらくして聞こえてきた子どもたちの笑いとともに消え去った。

子どもが真ん中に立ち、学生であるお姉さんたちは、その周りに円になり座り込みながらじつに楽しそうに、子どもの話を聞いている。子どもも嬉しそうだったし、それに耳を傾けるお姉さんたちの姿も嬉しそうだった。もちろん、子どもはあばれたり騒いだりするようなことはなく、短い期間ではあったけれども、子どもたちとお姉さんはとてもなかよしになっていった。

柳城の生活の中で、思い出に残る光景の一つである。これぞ「柳城のこころ」かなと思うような一場面であった。まるで聖書の一場面のようだった。真ん中に子どもがいて、その周りに大人がいて、子どもの言葉に耳を傾けている。

子どもが自分の人生の主人公であると感じることができるのは、小さい時のこのような体験の積み重ねなのではないだろうか。演奏会のグループもすてきな演奏をしてくれたのかもしれないけれども、子どもたちにとっては、またおとなしく聞かなければならないというような体験でしかなかったのかもしれない。
一度しかない人生の最初の段階で、自分が自分の人生の主人公であることをお手伝いできる仕事はとてもすてきなことであり、幼児教育・保育に関わる者に課せられた大切な使命ではないだろうかと思っている。

いま柳城で学んでいるみなさんも、子どもの心をいつもその中心に置きながら、学び続けていくことを是非とも忘れないでいただきたい、そのように心から願っている。(理事長/学長 菊地伸二)


春の準備

 

【ヨハネによる福音書15章13~15節】

友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。 

✝ ✝ ✝

 学校にしても、会社にしても、あるいは家族でも、その中での関係性は、法律やルール、常識に縛られていることが多いと思います。一方、友達関係は、それに比べて自由な人格的な関係性、ということができます。友人とは、何かのための手段や目的、道具ではありません。

今日の聖書では、イエスは驚くべきことを言います。
「わたしはあなたがたを友と呼ぶ。」
イエスと私たちは、もはや、なにか社会の常識に縛られた関係ではなく、それらを越え、通常の意味での手段や目的から離れた、自由な人格的な関係になる、ということです。手段や目的から離れた関係性に入る、ということです。

そして、イエスは言います。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」
わたしたちの日常生活の中では、自分の命を文字通り捨てる、という選択肢が示されることはほとんど起こらないと思います。しかしながら、瞬間的に命を捨てる、ということはなくても、長い年月をかけて、あるいは生涯を通じて、友のために自分の命を用いていく、ということならばありえるはずです。家族、地域社会、世界の中で、他者のために力を尽くすこと、人生を捧げること、それは、命を捨てることと言ってもいいと思います。

この柳城学院におきまして、学生、教員、職員がおり、それぞれが、様々なルールに基づいて、学校生活を送っています。それはそれとして必要なことではありますが、私達はそれ以上に、そうした手段や目的を伴う関係を超えて、友と呼び合えるような関係性を築いて参りたいと思います。そして、友のために、力を尽くすこと、愛をもって仕えること、言い換えれば、命を捨てること、そのような関係性を、学内だけでなく、この地域に、この世界に広げていきたいと思うのです。

主イエスが、今も私たちに「あなたがたを友と呼ぶ」と呼びかけられ、そして、他でもなくイエス自身が、友である私たちために、十字架で命を落とされたことに支えられて、歩んでいきたいと思います。
(チャプレン 相原太郎)


ネイチャービンゴ

【マルコによる福音書1章30~31節】
シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。
イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。 

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    ここに登場する女性の説明として、「シモンのしゅうとめ」と書かれていました。しゅうとめとは、妻の母親ということです。妻の母が、夫の家に住んでいるということになります。現代でも、妻側の親が、娘さんとその夫の面倒になる、ということは、そんなに多いケースではないと思います。そして、この聖書の時代においては、親の面倒は長男が見るのが通例でした。したがって、このシモンのしゅうとめのケースは、この時代としては異例な状況でありました。彼女は、通常ならば面倒を見てくれるはずの人がいなかった、あるいは、そうした人たちから見放されてしまっていた、ということが考えられます。そして、やむなく、嫁いだ娘さんの家に転がり込んでいる、という状況なわけです。しかも、転がり込んだその家で、寝たきりの状態になっていました。
このように考えてみますと、彼女は大変に追い込まれた状況であり、肩身の狭い思いをしていたことでありましょう。世間からの冷ややかな目線、家族への申し訳ないという思い、誰からも厄介者として見られているという孤独、そして病い、様々な痛みが彼女の中で渦巻いていました。

そんな彼女のところに、イエスは訪れました。そして、進んで彼女のところにイエスのほうから近づき、「大丈夫だ」と彼女の手をしっかりと握りしめ、彼女のしんどい思い、痛みを共有するのでありました。誰からも見向きもされなかった、孤独と悲しみに打ちひしがれていた彼女は、そのようにして、癒やされていくのでありました。イエスがしっかりと握りしめた、その手の感触が、彼女と周りの人々との関係性を回復する結合点となっていきました。そして、彼女は起こされて、再び立ち上がることができたのでした。

熱がひき、イエスによって起こされた彼女が最初にしたこと、それは、「みんなをもてなす」ということでありました。この「もてなす」とは、実は私たちの学校の標語である「愛をもって仕えよ」と同じような意味をもった言葉です。
人間関係を回復した彼女、人と人とが触れ合うことの大事さを、イエスの握りしめた手によって実感した彼女は、今度は自らがその実践者となっていくのでした。

今、様々な困難をかかえておられる学生が、この学院にもおられると思いますし、私たちの身の回りにもおられると思います。私たちも「愛をもって仕える」ことの実践者として、隣人との人間のつながりの回復を求めていきたいと思います。

そして、何よりも、私達自身の手を、他ならぬイエスが、しっかりと握りしめて、「大丈夫だ」と、立ち上がらせてくださっていること覚えたいと思います。
(チャプレン 相原太郎)


総務課事務室

【マタイによる福音書第25章14~15節】
「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
  それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。

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【マルコによる福音書1章16-18節】
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。
イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
二人はすぐに網を捨てて従った。

✝ ✝ ✝

 当時のガリラヤ湖の漁師たちは、小舟に乗って網を投げて、魚を獲っていました。彼らが持っていた網とは、現代の定置網などとは違って、手で投げることのできる、とても小さなものでありました。しかし、網で魚を獲る、ということは、当然のことながら、一度にたくさんの魚をまとめて確保することになります。その際には、どうしても、本来獲る必要のない生き物も、網にかかる範囲で根こそぎ捕らえてしまうことになります。

イエスの弟子たちへの言葉、すなわち「人間をとる漁師にしよう」という言葉を聞きますと、この網で行う漁のように、キリスト教の伝道師が、この世界に網をはって、そこにいる人達を、根こそぎ教会の中に引き込むようなイメージがあるかもしれません。

しかしながら、イエスの行動は違いました。そもそも、イエスの時代には、人を引き込むような教会自体も存在しませんし、キリスト教の組織もありません。しかし、イエスの行動の最も大きな特徴と言えるのは、人々との接し方でありました。

イエスのされたこととは、ガリラヤ地方をまわり、貧しい人や病気の人など、様々な苦しみの中にある人の間に入り、その痛みを肌で感じ、一人ひとりを癒やしていくことでした。これは根こそぎ教会の中に引き込むイメージとは随分と異なります。あえて漁業にたとえれば、上から一網打尽にするのではなく、海女さんのように自ら海の中に飛び込み、一つ一つのアワビやサザエを両手を使って丁寧に確保する、というようなイメージかもしれません。

イエスにとって「人間の漁師」になることとは、人材確保や会員獲得のようなことではなく、自ら社会の中に飛び込んで、一人ひとりと出会い、その人の喜びや希望、また苦しみや悲しみを知り、共に生きようとする、というものでした。

イエスが「人間をとる漁師にしよう」と声をかけた漁師たちは、ガリラヤという、当時の社会から蔑視されていた場所に暮らしていました。零細な漁師たちは、大きな重税を課せられ貧しい生活を送っていました。そんな境遇におかれた彼らだからこそ、イエスから「共に人間の漁師になろう」と声をかけられたとき、ピンとくるものがあったのではないかと思うのです。ペテロとアンデレという二人の漁師は、自分と同じ様に、この厳しい社会の中で生きる人々、一人ひとりと出会い、その友となっていきたいと、願ったのかもしれません。

そして、イエスは、今、ここにいる私たちにもまた、「人間をとる漁師にしよう」と声をかけられています。一人ひとりと出会い、一人ひとりを大切に愛して、その喜びや悲しみを共に担う、人間の漁師となっていくことができればと思います。 (チャプレン 相原太郎)


ユリオプスデージーとモンシロチョウ

【コリントの信徒への手紙1第15章49節】
わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

 

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