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【フィリピの信徒への手紙4:6-7】
4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

今年2018年は柳城の創立120周年(1898、明治31年)、ヤング先生の生誕163 年(1855、安政2年)、来日123年(1895、明治28年)、そして逝去78周年(1940、昭和15年、名古屋において85歳で逝去、八事の教区墓地に埋葬)の記念の年に当たります。

ヤング先生はどんなお方だったのでしょうか。残されている記録や証言、写真などで概略を知ることができます。カナダのオンタリオ州ヴィエンナで幼少時を過ごし、そこのハイスクールを卒業、母校で5年間教師をし、その後1年間カナダ・ロンドン市の美術学校に学び、さらにハミルトン市師範学校保母科に2年間学び、卒業後1890~95年エールマ町幼稚園主任保母として勤務されました。

先生が日本に来られた第一の目的は、宣教師として伝道することでした。1891(明治24)年の濃尾大地震後、名古屋を本拠地としてすでに活動しておられたカナダ聖公会のロビンソン司祭の働きを援助し、家や親を失った子どもたちへイエスさまの愛を自らの身をもって伝えること、子供たちに援助の手を差し伸べることでした。

カナダにそのまま在住し、幼稚園主任保母として働き続ければ、安定した生活が保障され、地位や名声も約束されたに違いありません。しかし、あえてそれを投げ打って40歳という年齢で、しかも病弱というハンデキャップを押してまで彼女に来日の決意を促したものは、物静かな中にも芯の強い彼女が持っていたイエス・キリストへの愛、神を信じる信仰に他ならなかったと思います。

今から120年以上も昔、女性が単身、未知の国、日本にやって来ることは想像も出来ないことでした。彼女が40 年間カナダで学んだこと、教師として体験したことは、日本に来て大きな実りをもたらしました。その当時の日本の状況は、封建的な考え方が色濃く残っており、女性の地位は著しく低く見られ、就学前の幼児教育など殆んどなされていませんでした。そのような中で、ヤング先生は自ら学んで習得したフレーベルの考え方をもとに、保育を通して神の愛を伝えることを中心に、礼拝をし、聖歌を歌い、聖書の話を聞き、祈ることを大切にしたのです。青年たちに英語を教えたり、母親たちには料理やしつけなどを教えたりしました。子どもと大人が一緒に育ちあう場として幼稚園をとらえ、その働きの中から保母養成所が生まれました。鈴木いねという女性を自分の家に住まわせ、幼児教育者として訓練するかたわら、名古屋で初めての幼稚園として、柳城幼稚園を創立しました。そしてこの幼稚園の働きから柳城保母養成所が生まれ、鈴木いね姉が第1回の卒業生となったのです。

フレーベルは幼子と花と音楽をこよなく愛しました。遊戯は運動的な遊戯として、ダンス、行進、唱歌、作業的な遊戯として植物栽培、恩物を大切にしました。その流れをヤング先生も柳城の保育の中に位置付けました。今もそれが柳城の教育、保育の中に底流としてあることを忘れないようにしたいものです。

ヤング先生は1922(大正11)年、健康が悪化し、断腸の思いで帰国されましたが、柳城への熱い思いを断ち切ることができず、1936(昭和11)年、再来日、そして1939(昭和14)年、3度目の来日、翌1940(昭和15)年3月29日、愛する名古屋で逝去されました。

わたしたちが一番大切にしたいことは、ヤング先生の保育への情熱は、神に愛され、生かされていることへの感謝に培われた信仰がその根底にあったことです。名古屋での日々、わたしたちの知らない多くの困難や迫害がきっとあったことでしょう。しかし「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」というみ言葉に立ち、感謝と願いと祈りをもって生涯を全うされたことを忘れないようにしたいものです。(チャプレン大西修)


マーガレット・ヤング先生

イエス・キリストが説く愛には厳しいものがあります。嫌いという感情を超えて相手を慈しむことが要求されるからです。「感情ではなくて理性で相手を好きになる」という言い方が適当かもしれません。「そんなん無理」って感じになりますが、イエスは、そうするための具体的な方法もちゃんと教えてくれています。「しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。(マタイ5:44)」

説教でも別な方法が語られるかも。

お待ちしています(^o^)/

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●テーマ:「赦すことの難しさ」
●説教:大西チャプレン
●聖書箇所:マタイによる福音書18:21-35
18:21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
18:22 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。
18:23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。
18:24 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
18:25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。
18:26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。
18:27 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。
18:28 ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。
18:29 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。
18:30 しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。
18:31 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。
18:32 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。
18:33 わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』
18:34 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。
18:35 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

●日時:11月7日(水) 14:50~ 全学年、教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:チャペル
11月誕生日の祈りを行います。
礼拝後15:30頃から聖書を学ぶ時間を設けていますので、興味がある方はご参加下さい。

●次回以降の予定
11/14(水)合同礼拝(チャペル)14:50~ 説教:大西チャプレン
12/5(木)合同礼拝(チャペル)14:50~ 説教:大西チャプレン
12月誕生日の祈りを行います。

今回は、翌日11/1(木)開催の創立記念礼拝に向けての「プレ礼拝」になります。本学院の創設者を偲び、未来に向けて、希望の光を灯し続けることを祈り、誓い合う。そんな清らかな時間が持てるといいなあと思います。

ハートだけは決して渇かさないように・・・。

ご出席、お待ちしています!

✝ ✝ ✝

●テーマ:「マーガレット・ヤング先生を偲んで」
●説教:大西チャプレン
●聖書箇所:フィリピの信徒への手紙4:6-7
4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
●日時:10月31日(水) 14:50~ 全学年、教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:チャペル
礼拝後15:30頃から聖書を学ぶ時間を設けていますので、興味がある方はご参加下さい。

●次回以降の予定
11/1(木)創立記念礼拝(体育館)9:30~
11/7(水)合同礼拝(チャペル)14:50~ 説教:大西チャプレン
11月誕生日の祈りを行います。

【マタイによる福音書 7章7~8節】
求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
誰でも、求めるものは受け、探すものは見つけ、門をたたく者には開かれる。

今日は私が皆さんと同じ18~21歳ごろ、私の学生時代の話をします。時代は違うのですが、青春時代にあって生きがい、職業や結婚についての夢などみなさんと同じようにいろいろ考えていたころです。

私が入学した1959年(昭和34年)は、4月に皇太子ご成婚式、9月に伊勢湾台風に襲われこの地域で5000人の多くの人々が亡くなった年です。大学の教養部は滝子にありましたが、クラブ活動は、演劇部かオーケストラか迷っていましたが高校の先輩に誘われて野球部に入りました。

何のために生きるのか、何を生きがいとして生きるのか、あれこれ思い悩んでいました。皆さん達のように「保育士になりたい」というはっきりしたものはまだなにもありませんでした。

野球部だけでは何か物足りず、自分自身の生きがいを求めて、木造の教室で机を囲んで行われていた「聖書研究会」に出席しました。先輩に誘われ20分ほど歩いて山脇町の名古屋学生センターへ行きました。日本聖公会の学生キリスト教運動(SCM)の活動拠点であり、聖書研究会 キリスト教研究会 社会問題研究会など先生を交えて真剣な議論がかわされていました。柳城の学生も参加しており、私がはじめて柳城生に出会った時でもありました。

春休みと夏休みには3泊4日の特別研究会がびわ湖畔の北小松や恵那の雀のお宿で行われ、「学生と社会」「日本人とキリスト教」「現代社会に生きる」などテーマを決め講師を呼んでの研修会でした。キリスト者の社会的責任は何か、今遣わされた場で我々のになうべき課題、十字架は何か?

キリスト教の愛についての考え方、フィリア(友愛)エロス(男女の愛)ストルゲー(家族愛)アガペー(神の愛)、四つの愛のなかで特にアガペー=神の無限の愛について学びました。私たちがいまこうして生きて存在しているのは自分ひとりの力ではなく神様の愛によってである。一つの民族のためではなくすべての人々のために十字架につけられ死んだイエスキリスト。それを見ならって生きた初代教会のひとたち。

問題から逃げないで課題と正面から取り組むというクリスチャンの生き方に私はひかれました。1960年12月25日 大学2年の時、ここ名古屋聖マタイ教会で洗礼を受けました。そして教会につながり永遠の命を与えられ、多くの素晴らしい人たちに出会いました。

「愛によって仕えよ」を建学の精神とし純粋に保育に生きようとしていた柳城の学生たち。いまは高齢になられましたが素晴らしい生き方をされている方が多くおられます。私の妻も学生キリスト教運動の中で出会った一人です。結婚して50年今年金婚式をむかえましたが今も教えられることの多い毎日です。

今皆さんは若さあふれ、最も美しく輝いている時です。心も美しい人になり人々を愛し人々から愛される素晴らしい人になってください。聖書に学び、イエス・キリストに学び、何物にもかえがたい自分自身の生き方を追い求めつかんでください。(長縄 年延 学長)

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礼拝後にアセンブリー・アワーがもたれました。

奨励奨学生 表彰式(2年次)

2年次前期の学業成績の上位10名の学生さん(保育科)が表彰されました。
今回は大接戦(笑)だったようで、同点が多く出たとのこと。
全体のレベルが上がってきた証拠なのでしょうか?

皆さん、スーツに身を固め、嬉しいやら恥ずかしいやらって感じでしたよ(^^♪

おめでとうございます(^o^)/
こちらの記事もどうぞ)

●新生病院(信州)リトリート報告会

今年で2年目を迎えたリトリートです。

東日本大震災復興支援ボランティア活動の精神を受け継ぎながら、リトリート(修養会)的要素(つまり、日常生活を離れ自分自身と深く向き合うということ)も取り入れたこの企画。

新生病院での様々なボランティア活動と病院チャプレン(大和孝明さん)との交流の様子がスライドを使って紹介されました。(詳しくはこちらで)
参加した学生さん一人ひとりが分かり易く丁寧に説明してくれましたよ(^^♪

今回は、介護福祉専攻科の研修旅行とジョイントされていたので、参加人数も多く、活動に奥行きがあったように感じました。

幸いなことに、今年もメリット(リチャード・アレン・メリット第4代学長)基金の支援も受けられました。感謝です!

日常を離れて「まったり」と過ごす中で、黙想と祈りの時間を大切にする。
柳城らしいリトリートがこれからも続きますように、お祈りします。(加藤)

 


リトリート中に歌った聖歌を披露してくれた参加メンバーたち(^o^)/

今日はマルコ通読二十六回が行われました。

今回心に響いた御言葉は…

イエスは、たとえで彼らに話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った。だが、農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。そこでまた、他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。更に、もう一人を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された。まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった。さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。 (マルコによる福音書12:1〜11)

エルサレム入城後、神殿を歩いておられたイエスに、権力者である祭司長、律法学者、長老たちは「権威についての問答」を仕掛けてきました。しかしイエスの決然とした神の理論に何も言葉を発することが出来ず、彼らは立ち去りました。その後イエスはこの「ぶどう園の農夫のたとえ」をお話になられたのです。

私は今回、旧約時代からの流れの中で誕生されたイエスの使命を、改めて理解することが出来ました。

旧約の時代、ネヘミヤ記9:26に記されていた民の「大罪」、すなわち預言者を排斥する行為はイエスの時代に頂点に達します。神は忍耐強く、その愚かな人間たちを救うために満を持して愛する息子イエスをこの世に送られたのですが、結局、たとえ話にある通り、イエスを十字架上にかけて殺してしまったからです。

また、このたとえ話において、主=神、農夫=イスラエルの民、僕=預言者という背景から、繰り返し自分たちの利害のみで悪に囚われ行動する民の身勝手さ、愚かさの極みを知ることとなりました。

そして私はただ、このたとえ話では人間の愚かさに焦点を当てるだけでなく、勝算がなくとも神のご計画にひたすら突き進まれたイエスの御心と、愛する息子をこの世に送られた神の愛に目を注ぎ、その愛を心で感じることが大切であると思いました。

気づくことの無い律法学者をはじめとする権力者は、神の愛をハートで理解することが出来なかった…。

イエスのこの世における誕生。
それこそが聖書そのものの歴史を学ぶということであると感じました。

エルサレムにおけるイエスの存在は権力者にとって益々大きくなっていきます。
次回もそのイエスの道を辿ることで学びを進めていきます。(Y)


秋咲ヒマワリ

 

長年、たいへんお世話になった本学の卒業生の方に、昨年の「黙想と祈りの集い」などをメールでお知らせしたところ、次のようなお返事を頂きました。

「私の学生の時代は、毎朝、マタイ教会礼拝堂の右側の小さな部屋で、ほとんど相澤先生と二人だけのお祈りでした。自分の汚さが嫌になり、良い人間になりたくて、初めて神さまを知り、祈った若い日々を思い出します。」

スマホやPCの虜(とりこ)になって、自分自身をじっくりと見つめる時間が少なくなりつつある時代です。それら通信機器に仮に答えを求めても、雑多な個人的情報ばかりが返ってきて、結局それらに振り回されて、ますます自分自身を見失ってしまうだけでなく、何となくお利口になった気分になって謙遜さをも失う…。

大先輩のお返事は短いですが、その中に満ち満ちている誠実さとか謙虚さを決して忘れないためにも、朝の祈りを継続できるよう主に向かって尊いお導きに期待したいです。(加藤)

【詩編98:4-9】
98:4 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。

98:5 琴に合わせてほめ歌え/琴に合わせ、楽の音に合わせて。
98:6 ラッパを吹き、角笛を響かせて/王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
98:7 とどろけ、海とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものよ。
98:8 潮よ、手を打ち鳴らし/山々よ、共に喜び歌え
98:9 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き/諸国の民を公平に裁かれる。

そもそも、自分はいつからこの「音楽」という道で生きることを決めたのか、いつからこの道に生かされているのかということは、実はこのお話を頂いてから、初めて考えたことでした。家族は、小さい頃のお稽古のひとつとして「バレエとピアノ、習うならどちらがいい?」と、私に選択の余地を与えたようですが、バレエよりピアノを習わせたかった母親の意図どおりに、4歳の私(緑区あけの星幼稚園の年中さんでした♪)は「ピアノ」を選択。以来、ピアノに関する弱音を吐くたび「自分で選択したのよ」と言われることになります。

家族と恩師に支えられながら、愛知県立明和高等学校音楽科、愛知県立芸術大学音楽学部ピアノ科へ進学。反抗期真っ盛りながらも、今なお深い関係の続いている「自分と同じ夢をもつ同級生」たちと切磋琢磨する毎日は本当に刺激的で、充実した日々でした。しかしちょうど皆さんと同じ年齢くらいの頃、試験や課題、コンクールに追われるばかりで “いま”しか生きていない感じがして、当時の私は少しの焦りを感じていました。 “いま” より少し先の未来のことを考えたり、これまでの過去を振り返ったりしたとき、「社会に出てどう生きるのか」という不安が漠然と襲ってきたのです。いまさら音楽以外の道へ後戻りできないことに、恐怖心さえありました。

そんな心を知ってか知らずか、そのころ恩師から送られたポストカードに書かれていたのが、「くちびるに歌を、心に太陽を」という言葉でした。恐れず一歩を踏み出してみなさいというような力強さと、それでいてどこか たおやかさ を兼ね揃えたこの言葉が私の心の中にすっと落ち、ずいぶん励まされたことを今でもよく覚えています。のちに、この言葉はドイツの詩人ツェーザル・フライシュレンによるものであることを知りました。カードのお礼も兼ねて後日恩師を訪ねたところ、彼女もこの詩を人生のモットーとしていることを教えてくださいました。

くちびるに歌を。
こころに太陽を。

加えて恩師は、

目ではほんものをみること。
耳には人から、ものから、あらゆることばと音色を聴くこと

…も大切よ、とご自身の言葉を付け加えられました。

その後私は、ほんものを見るため、そして耳を育てるため、心の中にひそかに思い描いていた海外留学について、自分の未来のために、準備しようと決心しました。「自分が学んでいるクラシック音楽の、本場に行ってみたい。」という思いから、私の人生の第2楽章、フランスでの生活が始まったわけですが、そこでの波乱万丈生活…いや…波乱爆笑生活!の全ては、今日この時間だけではきっとお話しきれないので、またの機会に。

フランスは街の中にメロディーがあり、リズムがあり、祈りがあり、表情に富んだ美しい国でした。また、そこにいるフランス人、彼らは誰よりも、人生を愉しむ天才だとつくづく感じました。私は音楽を学びにフランスへ行きましたが、それ以外の面でも多くの宝物をもらったように思います。人生が変わったとは言い過ぎかもしれませんが、ほんとうに、そんな気もしています。

振り返ってみれば、人と幸運に恵まれた人生でした。

“いま”だけをがむしゃらに生きてきてしまったことに危機感を覚え、踏み出した一歩でしたが、言い換えればそれは、今しか見つめなくても過ごせるよう守られていたからこそ、とも思い、感謝しています。

また、出会いの中で本当にたくさんの恵みを受け、いまの私があります。

人生の選択肢のひとつに、音楽という道をくれた家族からは、愛情の深さを。
恩師からは、あたたかで厳しい覚悟の力を。
親友からは、共に弱さを認めあうことの安らぎを。
ここ柳城学院にご縁をいただいてから時を共にさせていただいている先生方、職員の皆さまからは、私もこんなふうに働いてみたいという憧れを。
そして大切なあなたたち…学生からは、教え、教えられる歓びを。

よく、「ピアノをやめたいと思ったことはないのか」と、問われることがあります。やめたいと思った日…少なく見積もっても、何十回とあります。もともと、譜読みが得意なタイプではありませんでしたし(だからいま苦労している学生さんの気持ち、よく分かりますよ^^)、それに、数十分の演奏に対して何百・何千時間の月日を積み重ねるのって、なんだか割に合わない気がしませんか?!

でもそこで結局「やめる」という選択には至らないのは、それ以外の味わいに悦びを見出していたことと、やはり先ほどにも述べた、人との出会いのおかげでしょう。

それからもうひとつ、「音楽の中では、自分の人生以上の時間を生きられる」ということに、私自身とても惹かれているのだと思います。言葉が足りず伝わりにくいかもしれませんが、たとえば今ここで、J.S.バッハ(1685-1750)とドビュッシー(1862-1918)の曲を演奏したとしたら、そこには200年ほどの時間が流れていて、いまここに生きる私たちは、それらを数分のうちに聴いたり弾いたりできるわけです。人類の長い歴史をみれば、それもまたごくわずかな時間ですが、音楽の中ならば時間を遡ることができるというのは、私にとって極上の自由であり、自分が自分らしく生きるための、表現のかたちです。

あたたかな心をもって耳を傾けてくださり、ありがとうございました。

皆さまの中にいつも、うたと太陽がありますように。(扶瀬 絵梨奈 本学教員)

 

今回は本学学長からお話を頂きます。

洗礼を受けてキリスト教信仰に入ったころの様子が語られるとのことです。信仰とは神と本音の関係で生きることですので、きっと赤裸々な内容になるかと思われます。楽しみですね(^^♪

扱われる聖書個所はイエスの「山上の説教」と呼ばれる重要な個所の一部です。朝の祈りでも取り上げている大切な言葉ですので、ぜひ、こちらで予習をお願いします(笑)

お待ちしています(^o^)/

✝ ✝ ✝

●テーマ:「生きがいを求めて~私の学生時代~」
●奨励:長縄 年延 学長
●聖書箇所:マタイによる福音書7:7-8
7:7 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

7:8 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。

●日時:10月24日(水) 14:50~ 全学年、教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:体育館
礼拝後に、奨励奨学生表彰式と新生病院リトリート報告会があります。

●次回以降の予定
10/31(水)合同礼拝(チャペル)14:50~ 説教:大西チャプレン
礼拝後15:30頃から聖書を学ぶ時間を設けていますので、興味がある方はご参加下さい。
11/1(木)創立記念礼拝(体育館)9:30~

昨年、「黙想と祈りの集い」で奏楽を担当してくれたマコちゃんで~す!
大西チャプレンとツーショットでキャワイイ~(笑)

運動会の代休日。何しよっかな~と悩んだところ「柳城短大があるじゃん!」とひらめいて、ホッと一息、静かな時間を過ごしたくなったということです。

嬉しいですね。こういう発想。母校が心のオアシスになってる。

お昼の讃美歌タイムと礼拝後のバイブルタイムにも参加してくれて、こちらも飛び上がるほど楽しかったです(^^♪

こういう機会が与えられ、あらためて、柳城に「清さ」を保つことの大切さを思い知らされた感じです。

主に感謝! (加藤)

今日はマルコ通読二十五回が行われました。

今回心に響いた御言葉は…
それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。 そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった。」祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである。(マルコ11:15~18)

今回の記事は「宮清め」と言われる有名な場面です。エルサレムに入られたイエスは激しく憤られました。それは神に祈りを捧げる神殿という「祈りの家」が、宗教指導者が民から金を搾取するための不誠実な「強盗の巣」となっていたからです。

イエスはその不誠実な人間たちに向けて決然と、神殿が本来どうあるべきなのか、宮清めのお姿によって真理をお伝えになられました。

私は今回、イエスが語られた「祈りの家」がイザヤ書56:7、「強盗の巣」はエレミヤ書7:11に記載されていることも知りました。そのようにイエスは常に聖書に基づいて神の真理をお伝えになり、神のご計画の道を歩まれていたのです。

反面、私はイエスの時代同様、現代でも、自身を中心に考え他人を動かす権力者には、神の真理は奥深く身を焦がす痛烈な怒りと痛みとなるのではないかと考えました。

イエスの宮清めに歓喜したであろう民の姿を見た宗教指導者たちは、イエスを殺す計画を心に固めることになります。

そうなることを承知で、神に祈りを捧げ「宮清め」を実行なさったイエス…。

次回もそのイエスの歩まれた道を、知識だけでなしに、心に深く刻んで学んでいきたいと思います。


腹話術ショー

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