*
ブログページ

【マルコによる福音書4:30-32】
4:30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。
4:31 それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、
4:32 蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

神様の国はからし種のようなもの。土に蒔く時には、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作ることができるほど、大きな枝を張る。

わたしの小さな、からし種のような出来事を、今日はお話ししたいと思います。私は20代の時、自分の進路に悩み、苦しんでいました。ある時、ボランティア募集の広告を見て、近くにある福祉施設を訪問しました。

天気は薄曇りで、小雨が降っていました。広い敷地には物音もせず、静まり返っていました。私は帰ろうとしました。その時、

「こんにちは。どこから来たの。また来てね」

と声をかけてくれた方がいました。その方は知的なしょうがいをお持ちの方でした。手を差し出してくださるので、私も手を握り、「また来ます」と言いました。

帰宅後、「また来る」という約束をしてしまった…と思いました。約束を思い返し、もう一度その施設を訪れることになりました。そこで私は、施設を利用する子ども達や、大人のみなさんと、様々な出会いをし、スタッフとしてそこで働くようになりました。そこは聖公会の施設でしたので、わたしはチャペルに通うようになり、洗礼を受けました。

あの時の、手を差し出してくれた方との出会いがなかったら、私は今、ここにいません。出会いの不思議さを思います。

詩人・塔和子さんの詩に、「胸の泉に」という作品があります。

「人はかかわることからさまざまな思いを知る/子は親とかかわり/親は子とかかわることによって/恋も友情も/かかわることから始まって/かかわったが故に起こる/幸や不幸を/積み重ねて大きくなり/くり返すことで磨かれ/そして人は/人の間で思いを削り思いをふくらませ/生を綴る」

わたしは自分の胸の中に、施設や教会で出会った、たくさんの人達の面影があることを感じます。そしてそれらの人達が今も私を励まし、支えてくれていると、実感しています。

みなさんは今、子ども達にかかわり、共に生きるための準備をしています。これから磨かれていく、宝石の原石として、一生懸命に毎日を送っています。これからたくさんの人と出会い、たくさんの人と別れ、喜び、泣きながら生きていくことでしょう。それらすべての出会いは、みなさんの「胸の泉」を豊かにしてくれます。いつか、気付く時が、必ず来ます。「あの、からし種のような小さな出会いが、私を深く豊かにしてくれたのだ」と。

みなさんも自分の「胸の泉」に、たくさんの人の思いを集め、そして他の人の「胸の泉」に、たくさんのものを手渡して、心の広い、大きな人になってください。その木陰で鳥が巣を作り、休めるような、深い思いを持った人になってください。(大和孝明さん:中部教区センター職員)

今回は日本聖公会中部教区センター職員の大和孝明さんにお話をしていただきます。
大和さんはこの6月にご結婚されたばかりの、目がキラキラしてて優しい感じのお兄さんです。
私たちの「胸の泉」は宇宙よりも広大です。その泉に落ちた一粒の小さな種が「人のつながり」という波紋を無限に広がらせる。イエス・キリストの愛で全世界の人々がつながっていく様子が目に浮かぶようです。

●お話のテーマ:「胸の泉に」
●お話:大和孝明さん(中部教区センター職員)
●聖書箇所:マルコによる福音書4:30-32
4:30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。
4:31 それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、
4:32 蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

●日付:11月8日(水) 13:10~ 対象:保育科1年生・保育科2年生・専攻科学生・教職員
●礼拝形態:合同礼拝
●場所:チャペル

○次回以降の予定
・11/15(水) 合同礼拝(チャペル) 13:10~ 説教:大西 修 チャプレン
・12/6(水) 合同礼拝(チャペル)13:10~ 説教:大西 修 チャプレン ★短大附属柳城幼稚園のあお組さんがキャロリングを披露してくださいます。

【マルコによる福音書6.45-51】
6:45 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせ、その間に御自分は群衆を解散させられた。
6:46 群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。
6:47 夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。
6:48 ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。
6:49 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。
6:50 皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
6:51 イエスが舟に乗り込まれると、風は静まり、弟子たちは心の中で非常に驚いた。

今日の聖書箇所は、有名な、そして不思議なお話です。

イエスの弟子たちが、夜、湖の真ん中で、手漕ぎ船に乗ったまま、嵐に襲われて激しい逆風の中で進めなくなってしまった。夜が明ける頃、イエスが水の上を歩いて近寄っていかれ、弟子たちの船に乗られると激しい嵐が収まった、というお話です。

そのときイエスは、幽霊が来たと思って怖がって叫んでいる弟子たちに「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と語りかけます。夜の湖で、しかも激しい逆風で進めなくなってもう沈むかもしれないという大ピンチの中で、いよいよ最期のときか、向こうから来るのはお化けか幽霊か、と思ったら、救いの主だったわけです。今日読んだ『マルコによる福音書』の記述はこれで終わっていますが、同じ記述がある『マタイによる福音書』では、そのあとでペトロが同じように水面を歩こうとして沈みかけて「信仰の薄い者よ」と言われてしまうという場面もあります。

激しい逆風は、私たちが生きていく中でも吹き荒れることがあります。なるべく避けたいことですが、真っ暗な湖の真ん中で、どちらが岸なのか方向もわからなくなって、吹き荒れる逆風に沈みそうになる、といった場面に似た状況が人生の中で訪れることがあるかもしれません。本当にそうなってしまったとき、それでも沈まないで何とか進んでいくために、誰かの助けが必要となるようなときがあるかもしれません。

ピンチのとき、今にも沈みそうなときに、あなたに手をさしのべてくれそうな人たちが、きっとまわりにいます。そんなとき、その人たちの心の言葉をよく聞いてください。中には、甘く優しい言葉で近寄ってくるけれども、あなたを助けるよりも自分の利益を求めてあなたを利用したり、あなたを陥れたりする人もいるかもしれません。一方で、怖そうな顔であなたに厳しい言葉を投げかけながら、ほんとうにあなたのことを助けたり励ましたりしてくれる人もいるかもしれません。

私にとって、大学時代からずっとお世話になってきた先生が、まさにそのような人でした。卒業論文の下書きを「こんなのでは全然ダメだ」と突っ返され、大学院を出ても仕事先が見つからないでいたら「大学で教えていないのか? それじゃダメだ」と怒り、それでも、ご自身の非常勤講師の職を譲ってくださった方です。そして、これ以上は続けられない、もうダメだ、と思ったときに、「投げ出さないで研究をしなさい」と叱って、やがて今の職場に呼んでくださいました。ほんとうに厳しくて怖い方でしたが、私を生かしてくださった方です。私にとって、一番怖い人が、一番、助けてくれた人でした。

沈みそうになり、折れそうになっている人の傍らに歩み寄って、その人を助けてくれる存在は、必ずあります。でも、それがいつも優しく親切な表情で近寄ってくるとはかぎらないので、気づかないこともあるでしょう。ですから、沈みそうなときには、よく耳を澄ませてください。あなたを叱ったり怒ったりしているように聞こえる声が、ほんとうは「安心しなさい。私だ。もう大丈夫だ」と手を差し伸べてくれる人の声だということが、あるのです。ウィリアム・ジェイムズは人生を一本の鎖にたとえて、こう言っています。

「一本の鎖は、その鎖のいちばん弱い環ほどにも強くはない。そして、人生とは要するに一本の鎖なのだ。」(『宗教的経験の諸相』第六・七講「病める魂」)

一番弱っているとき、それでも何とか砕けないで自分自身を明日につないでいくようなぎりぎりの弱さが、その人のほんとうの強さです。そして、そういう強さは、その人の中からではなく、外から来ていることが多いように思います。あなたの人生の鎖の中で、ある輪が今にも砕けそうになったとき、必ず、あなたの人生という一本の鎖のなかの、そのもっとも弱い環をめがけて、嵐の中を歩いて助けにきてくれる存在があります。でも、それはときには怖そうな外見で、きつい言葉で、語りかけてくるかもしれません。ですから、心の耳でしっかり聞いてください。厳しい表情や怖そうな外見の裏側で「安心しなさい。私だ」と語りかけてくるようなそんな存在がきっといます。(村田)

柳城学院がマーガレット・ヤングによって創設されて119年目を迎えました。
主のご計画に感謝しつつ、今年も記念礼拝をもって気持ちを新たにしたいと思います。

●日時:2017年11月1日(水) 9時30分~
●場所:体育館
●司式:チャプレン  サムエル 大西 修 主教
●臨席:理事長    ペテロ 渋澤 一郎  主教

●特別講演:10時45分~
「創立120周年を迎えるにあたって」-聖公会の中での柳城学院の存在-
アシジのフランシス西原 廉太 司祭(学校法人 立教学院 副院長)

●墓地礼拝:13時~(八事霊園)

○次回以降の予定
・11/8(水) 合同礼拝(チャペル) 13:10~ お話:大和孝明さん(日本聖公会中部教区センター)
・11/15(水) 合同礼拝(チャペル) 13:10~ 説教:大西 修 チャプレン
・12/6(水) 合同礼拝(チャペル) 13:10~ 説教:大西 修 チャプレン ★名古屋柳城短期大学附属 柳城幼稚園あお組さんによるキャロリングが行われます。

 

10月29日(日)に鶴舞公園で行われる昭和区民祭に、今年も聖歌隊が参加します。本番が近づき、メンバーにも緊張感が出てきました。練習は、昼休みや放課後など、時間を見つけて取り組んでいます。全員が集まることができない時は、パート練習や個人練習で補うこともあります。

今年は、初の女性三部合唱にチャレンジします。三声がうまく響き合うと、歌っている私たちも嬉しく、励みになっています。みんなで協力してひとつの曲を作り上げることが合唱の一番の楽しさです。

曲目は、「神の国と神の義を」「わたしをお使いください」「幸せなら手をたたこう」他全6曲です。

当日の出番は10:40頃を予定しております。お時間のある方は、ぜひおいで下さい。(柴田)

10/27追記:台風の影響を考慮し、10/29区民祭のステージ発表は中止となりました。残念…】

1 / 4212345...102030...最後 »
このページの先頭へ